2024.10.18

「神戸六甲ミーツ・アート」が築いてきたものとは? 総合ディレクター・高見澤清隆インタビュー

2010年から「六甲ミーツ・アート芸術散歩」として毎年開催されてきた関西を代表する芸術祭は、15回目を迎える今年「神戸六甲ミーツ・アート 2024 beyond」と名称を変更。「新しい視界 Find new perspectives.」をテーマにバージョンアップするかたちで開催されている(~11月24日)。今後この芸術祭が目指すものとは何か。総合ディレクター・高見澤清隆に話を聞いた。

聞き手=橋爪勇介(ウェブ版「美術手帖」編集長) 文=三澤麦(ウェブ版「美術手帖」編集部)

「神戸六甲ミーツ・アート 2024 beyond」展示風景より、周逸喬《赤と緑の行き違い》 撮影=編集部
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六甲山の風物詩に

──2010年より毎年開催されている「神戸六甲ミーツ・アート」。あらためてこの芸術祭が始まった経緯について教えてください。

 「六甲ミーツ・アート芸術散歩」として始まったこの芸術祭は、もともと阪神電気鉄道株式会社(阪神電鉄)とその子会社が昭和期から始めていた六甲山事業に由来するものです。六甲山は別荘地ですが、バブル崩壊後は空き山荘も増加し、また1995年の阪神淡路大震災がそれに拍車をかけました。復興は市街地から始まったので、六甲山の観光復興は後回しとなったのです。そうした状況への対策としてミュージアムや新しい展望エリアができたのですが、この芸術祭もその一環です。当初は箱根彫刻の森美術館を参考に屋外彫刻の設置を検討してみたりもしたのですが、それだけでは人の流れを戻すことはできないと考えました。いっぽう、同時期に新潟の越後妻有地域では「大地の芸術祭」が始まっていたので、これを参考にしつつ、モノではなくコトをつくってみようと。

 芸術祭は行政主導によるものが多いですが、神戸六甲ミーツ・アートはもともと民間の観光事業であり、当初より収益事業です。しかし、続けていくうちに文化事業としての意味あいも帯びてきたというかたちですね。

六甲山からの展望

──観光事業だと集客をしなくてはなりませんよね。それはアーティストの選定にも影響するのではないでしょうか。

 どちらかというと、先ほど述べたことの課題解決として芸術祭をデザインしていく必要がありました。作品の選定からその配置など、観光客を含む鑑賞者がどう楽しんでくれるか、どうすれば人の流れが起こるのか──そのための芸術祭デザインをずっと心がけています。

──当初より手応えはありましたか?

 残念ながらあまりありませんでしたね。しかしながら、それまでの六甲山には来なかった方々に多く集まっていただき、そこが評価されて2年目も継続となりました。その後、2011年の東日本大震災時には規模を縮小して実施するということもありました。当時、開催の可否について議論があり、もしそこで止めてしまっていたらいまの状況はなかったかもしれません。コロナが猛威を振るった時期も、行政のレギュレーションを守ったうえで続ける決断をしていました。

──毎年同じ時期にやることが大事なんですかね?

 おっしゃるように年に1回開催するということが「風物詩」になるので、重要だと思います。しかし、いまだに地元でも神戸六甲ミーツ・アートが周知できていない現状もあるので、そこは課題ですね。

──今年は15回目の開催でしたが、いまだにそういった課題もあるんですね。でも毎年開催で地域住民の理解も進んでいるのではないですか?

 じつは六甲山自体に定住している方は多くありません。そうした理由からこれまでは住民の方々との交流があまりなかったのですが、昨年からは地域と連携するプログラムをスタートさせています。ここは今後も重要な要素となっていきます。

「神戸六甲ミーツ・アート」の特色とは?

──神戸六甲ミーツ・アートも新たなフェーズに入ってきているんですね。2023年からは「六甲」が「神戸六甲」になりましたが、「beyond」というワードが芸術祭名に追加され、さらに2024年からはどのように変化していくのでしょうか?

 「神戸六甲ミーツ・アートはどのような芸術祭なのか?ほかの芸術祭と何が違うのか?」。そう自問自答しました。その結果、「現代アートの正解を示さない」ことにしたんです。この芸術祭はあえてターゲット層の幅も広く設定しており、会場で自分に響くアーティストを見つけてもらうことにしています。美術館の展覧会には基本的に明確なテーマがあり、それに従ってアーティストが選ばれ作品が構成されますが、神戸六甲ミーツ・アートは多様な表現の展観を重視しています。

──毎年取材をしていますが、23〜24年は現代アートがより色濃くなったと感じました。そのあたりは何か意識されたのでしょうか?

 会場が六甲山の観光施設から施設外へと次第に広がってきたので、その施設にとらわれないコンセプトを持てるような作家を選定しています。また、いままでお呼びしたかったアーティストがたまたま惑星直列のように集まってきたというのもありますね。加えて、今年は外部キュレーターとして堀江紀子さんや池田佳穂さん、小國陽佑さん、P3 art and environment という方々に入っていただいていましたので、そこからの推薦というのもありました。

 神戸六甲ミーツ・アートはストリート的なイベントなので、様々な属性の方が作品を見ることができる。それは言い換えれば、見たくなくても見れてしまうということです。そういった点についても話し合ったうえで、作家の招聘をしています。

「神戸六甲ミーツ・アート 2024 beyond」展示風景より、布施琳太郎《ニューノーモン:新たな大地のための日時計》 撮影=編集部
「神戸六甲ミーツ・アート 2024 beyond」展示風景より、西野達《自分の顔も思い出せやしない》 撮影=編集部

──神戸六甲ミーツ・アートの特色、ほかの芸術祭との差別化についてどのように考えられていますか?

 六甲山は芸術祭以外にも、自然やレジャーを楽しむ色々な利用者層がいます。そういった方々も取り込んでいけるようなベクトルを追求していきたいですね。私自身もトレイルルートを歩いてリサーチしてると、知らなかった六甲山の姿に気づくことも多いです。そういった意味ではアートファンだけでなく、インバウンドを含め観光やレジャーで来山される方──ハイカーやランナー、サイクリスト、写真愛好家、野鳥や植物マニアなど──にも広く視線を向けることができる点がほかの芸術祭とは異なる部分であり、今後も様々なトライアルを続けていきたいですね。

恒例の企画も始動

──今年で15回目の開催を迎え、その規模を拡大してきました。初回と比べて大きな変化はありましたか?

 来場者から「1日ですべて回りたい」といった意見を多くいただいてきたこともあり、今年の展示は六甲山上エリアに集約しています。瀬戸内国際芸術祭みたいにあえて広域にしてしまう手段もあるのですが、現状はどちらかというと広げるよりも深める方向でいきたいと考えています。

──今年のテーマ「新しい視界 Find new perspectives.」について、その意図を教えてください。

 世界中で戦争や紛争が起きていますよね。対立軸が盛んに構築されているその要因のひとつに、情報の手に入りやすさがあると考えています。手に入った情報だけで考えをまとめて、それがマジョリティであると勘違いしてしまう。非常に危険なことです。そういった意味でも、現地や対面で情報を得ることをあらためてトレーニングし直す必要があると感じています。自分とは違う生き方や考え方をのぞく窓が現代アートにはあります。その窓から見える景色を探っていく機会をつくり出していきたいという思いが今年のテーマには込められています。自身の窓を閉じないようにするために芸術があると思いますから。

「神戸六甲ミーツ・アート 2024 beyond」展示風景より、川俣正《六甲の浮き橋とテラス エクステンドブリッジアンドテラス》 撮影=編集部

──9月21日からは恒例の企画「ひかりの森〜夜の芸術散歩〜」も始まっているそうですね。

 はい。今回は夜間作品のアーティストとして髙橋匡太さんと竹中美幸さんの2人が参加し、ROKKO森の音ミュージアム、六甲高山植物園でほかの作品を含め展示・ライトアップしています。山の暗闇は非日常体験ですよね。土日祝17:00から20:00まで開催されていますのでぜひ足を運んでいただけたらと思います。

「神戸六甲ミーツ・アート 2024 beyond」展示風景より、髙橋匡太《ひかりの実 in SIKIガーデン》 撮影:高嶋清俊
「神戸六甲ミーツ・アート 2024 beyond」展示風景より、竹中美幸《Tiny Shadows》 撮影:高嶋清俊

──今回初めて神戸六甲ミーツ・アートに足を運ぶ人に向けて、注目ポイントをあらためてお願いいたします。

 芸術祭なので作品展示はもちろんですが、六甲山そのものも楽しめます。時間をゆったり使って自然を楽しんでもらえるとより豊かな体験になるのではないでしょうか。少しハードルが高いかもしれませんが、霧が濃いときや雨のときの森はとてもいいです。人も少ないので回りやすいのと、雨が木の葉に落ちる音などにも耳を澄ませてほしい。自然とともにある芸術の姿という意味ではおすすめしたいところです。アーティストたちも自然と格闘しているので、そういったところも垣間見えると思いますよ。