「石岡瑛子 血が、汗が、涙がデザインできるか」が都現美で開幕。世界初の大規模回顧展
アート・ディレクター、デザイナーとして世界を舞台に活躍した石岡瑛子(1938〜2012)。その世界で初めてとなる大規模回顧展「石岡瑛子 血が、汗が、涙がデザインできるか」が東京都現代美術館で開幕した。その見どころをお届けする。
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1992年公開の映画『ドラキュラ』の衣装を手がけ、アカデミー賞を受賞し、2008年の北京五輪では開会式の衣装を担当するなど、世界的デザイナーとして活躍した石岡瑛子(1938~2012)。その世界初となる大規模回顧展「石岡瑛子 血が、汗が、涙がデザインできるか」が東京都現代美術館で開幕した。
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石岡瑛子は1938年東京都生まれ。東京藝術大学美術学部を卒業後に資生堂に入社し、社会現象となったサマー・キャンペーン(1966)を手がけ、頭角を現した。独立後もパルコや角川書店などの数々の歴史的な広告を制作し、80年代初頭には拠点をニューヨークに移す。その後は映画やオペラ、サーカス、演劇、ミュージック・ビデオなど、多岐に渡る分野で活躍を見せた。
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その仕事を総覧する本展について、キュレーションを担当した東京都現代美術館学芸員・藪前知子は「石岡の仕事はすべてがコラボレーションワーク。その仕事を展覧会として見せるのは難しいことだった」としつつ、「この規模の回顧展はおそらくもうできないのではないか」と語る。特徴的なタイトルは、2003年に行われた世界グラフィックデザイン会議での講演から取られたものだ。
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石岡の遺品の大半は2つのコレクションに収蔵されており、映画関係は映画芸術科学アカデミーアーカイブが、それ以外はUCLAの図書館が所蔵している。コロナ禍のなか、こうした海外のコレクションから集められた衣装なども数多く展示される本展。会場は、「Timeless:時代をデザインする」「Fearless:出会いをデザインする」「Borderless:未知をデザインする」の3部構成だ。
会場冒頭では、石岡瑛子が亡くなる半年前に行われたロングインタビューから再構成された肉声が響く。普遍的な創造性について語るその声に耳を澄ませ、展示室へと歩を進めたい。
第1章の「Timeless:時代をデザインする」では、資生堂や角川書店、パルコといった石岡瑛子にとってキャリア初期の日本国内の仕事が多数紹介される。なかでも注目したいのがポスターの数々だ。石岡は1961年に資生堂に入社したが、当時女性のグラフィックデザイナーは稀有な存在だった。石岡は「自立した女性像」をポスターなどを通じて提示し、注目を集めた。藪前は「ポスターからは、石岡が女性の権利に対して高い意識を持っていたことがわかる。石岡の表現はつねに人々に行動を起こさせるものだった。その初期の部分をここで見てほしい」と語る。
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続く「Fearless:出会いをデザインする」は、石岡と他ジャンルのクリエイターたちとのコラボレーションの軌跡だ。80年になると、石岡は日本を離れ、ニューヨークに拠点を移す。日本での仕事にいったん区切りをつけ、新たなステップへと踏み出した石岡は、各分野の表現者たちと新たなプロジェクトを手がけていった。
例えばマイルス・デイヴィス。83年に石岡はマイルスからレコード会社移籍後第1弾のレコード『TUTU』のアルバムジャケットデザインを依頼される。会場では、グラミー賞最優秀レコーディングパッケージ賞を受賞したアルバムとともに、そのプロポーザルの数々も見ることができる。
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またこのセクションでは、石岡にとってブロードウェイでの初めての仕事となった『M.バタフライ』や、日本発のオペラ『忠臣蔵』などで生み出された舞台衣装が展示されている。
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そしてこのセクションのキーパーソンとなるのが、フランシス・フォード・コッポラだ。石岡はコッポラの代表作である『地獄の黙示録』の日本版ポスターを手がけており、これがコッポラとの出会いのきっかけとなった。これを契機に、コッポラがジョージ・ルーカスとともに総指揮を執った『ミシマ─ア・ライフ・イン・フォー・チャプターズ』(三島由紀夫の生涯を題材にした日本未公開の映画)で舞台美術に抜擢。会場では、この映画のなかに登場する「金閣寺」が再現された。
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また、石岡はコッポラに依頼され、『ドラキュラ』の衣装をデザイン。これがアカデミー賞へとつながった。本展では、コッポラのプロダクションが所蔵する衣装を展示。貴重なスケッチとともに堪能したい。
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本展を締めくくる「Borderless:未知をデザインする」は、石岡が亡くなる前の約15年間に手がけた衣装デザインの仕事がメインとなる。
ターセム・シンとの最初の仕事となった『ザ・セル』、そしてその後制作された『落下の王国』。「石岡は生前『衣装デザイナー』とは名乗らなかった。とくに『ザ・セル』では、衣装が空間になるようなシーンが多い。衣装デザインにとどまらないクリエイションを見てほしい」と藪前は話す。
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このセクションではこのほか、グレイス・ジョーンズの衣装やシルク・ドゥ・ソレイユ『ヴァレカイ』の衣装、ビョーク『コクーン』のMV、デサントがソルトレイクシティオリンピックのために依頼したウェア、北京オリンピック開会式のコスチュームなど、多種多様な仕事が並ぶが、もっとも注目したいのはアトリウムの展示、『ニーベルングの指環』の衣装デザインだ。
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今回の展覧会で藪前が「一番の肝かもしれない」というアトリウムの展示。そこに並ぶのは、オランダ国立オペラが上演したワーグナーの大作オペラ『ニーベルングの指環』の34着もの衣装だ。石岡が2年近くの月日をかけて手がけたこれらの作品は、クラシックなオペラの衣装とは異なり、石岡が登場人物を自由に解釈しつくりあげたもの。そのユニークさは目をみはるものがある。ダイナミックな空間で、オペラを鑑賞した気分に浸ってほしい。
本展最後の部屋には、石岡瑛子にとって最後の作品となった『白雪姫と鏡の女王』の衣装とともに、石岡の「最初の作品」が展示されている。
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『えこの一代記』と題された絵本は、石岡が高校時代につくったもので、UCLAのアーカイブにスクラップブックなどとともに眠っていたのだという。若き石岡の未来のビジョンを示したこの絵本と、「ハリウッドで最後の日々に描いた、自由で自立した白雪姫の物語は、石岡瑛子という表現者のなかで途切れることなくつながっている」(藪前)。
つねに「少数派」という意識を持ちながら、マイノリティゆえの自由を考え続けた石岡瑛子。その創造性の世界に没入してほしい。
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