直島で味わう自然とアートの共生。「ヴァレーギャラリー」と「杉本博司ギャラリー 時の回廊」が新たにオープン
現代アートの聖地として世界中に広く知られている直島に、ふたつの新しいアートギャラリーが3月12日にオープンする。ひとつは安藤忠雄の設計による「ヴァレーギャラリー」、もうひとつは《硝子の茶室「聞鳥庵」》を擁する「杉本博司ギャラリー 時の回廊」だ。このふたつの新施設の見どころをレポートする。
日本で初めて国立公園に認定された瀬戸内海に浮かぶ直島。1992年、建築家・安藤忠雄による初の美術館建築「ベネッセハウス ミュージアム」が島の南端にオープン。その後、福武書店(現・ベネッセホールディングス)の2代目社長・福武總一郎の主導の下、草間彌生の「南瓜」に代表される屋外作品や、家プロジェクト、地中美術館、李禹煥美術館などの施設が島内に次々と生み出され、島の固有の文化や自然、コミュニティと一体となりながら、現代美術に関わる様々な活動が展開されてきた。
「ベネッセアートサイト直島」として知られるこれら一連の活動により、直島や、豊島、犬島などの離島を含む瀬戸内は世界各地のメディアで取り上げられ、「現代アートの聖地」として世界中での注目度が高まっている。そんなベネッセアートサイト直島の出発点のひとつでもあったベネッセハウスの開館30周年となる今年3月、ふたつの新しいアートギャラリーがオープンする。
ひとつは、ベネッセアートサイト直島における安藤忠雄設計の9つ目の建築に、草間彌生と小沢剛の作品を展示する「ヴァレーギャラリー」。もうひとつは、06年にオープンしたベネッセハウス パークにおける杉本博司の作品空間を拡大し整備した「杉本博司ギャラリー 時の回廊」だ。福武總一郎が語る「ベネッセハウスが1992年にできた使命により企画した」このふたつの新施設の見どころを紹介したい。
安藤忠雄の建築と、自然や地域の歴史を映し出す作品の共演
ベネッセハウスと地中美術館のあいだにある、李禹煥美術館向かいの山間に整備されたヴァレーギャラリーは、祠をイメージした建築とその周辺の屋外エリアで構成されるもの。境界や聖域とされる谷間に位置する建築は半屋外に開かれており、自然光や風、雨、音などを直接的に感じとることができるいっぽう、二重の壁による内部は内省的な特徴を持ちながら、重層的な空間をつくりだしている。
ふたつの新施設のアート・ディレクションを手がけた三木あき子によると、同ギャラリーの整備により、これまで個別に点のように存在していたベネッセハウスの各棟や美術館施設がつながるようになり、鑑賞者はエリア全体のランドスケープをいっそう体感できるという。また春には、通称「シマツツジ」と呼ばれる直島の代表的な花で山一帯が覆われ、海だけでなく、季節ごとに異なる顔を見せる豊かな山の植栽を楽しむこともできるだろう。
建築の屋内外に展示される《ナルシスの庭》(1966/2022)は、草間彌生が1966年のヴェネチア・ビエンナーレでパビリオン外の芝生に大量のミラーボールを敷き詰め、世界的注目を集めるようになったモニュメンタルな作品。発表されて以来、世界中の様々な場所で展示されてきた同作だが、今回は合計約1700個の球体を建築のなかだけでなく、自然の芝生と池の上にも同時に展示した初の試みとなる。水面に浮かぶ金属球は風に乗って優しくぶつかり合い、軽快な音を立てる。
いっぽう、池の横に恒久展示される小沢剛の《スラグブッダ88―豊島の産業廃棄物処理後のスラグで作られた88体の仏》は、2006の「直島スタンダード2」展で発表されたもの。直島の歴史に残る88ヶ所の仏像をモチーフとし、豊島で不法投棄された産業廃棄物を焼却処理したあとに最終的に生じるスラグが素材として使われている。
今回の整備にあたり、仏像の周囲に豊島石が敷き詰められており、鑑賞者は石を拾い、池の畔の反対側にある巨石周辺で積石を行うことができる。三木は、「原始自然信仰やものづくりの原型、自然の循環などを感じさせる積石は、ある種参拝のような手順を想起させ、人々の静かな参加を誘う」と話す。
「このように、ヴァレーギャラリーは安藤さんの建築と、周囲の自然や地域の歴史を映し出すこれらの作品を通して、改めて自然の豊かさや共生、根源的な祈りの心や再生といったことについて意識を促しているのです」。
自然の変化や時間の経過が体感できるギャラリー
1994年よりベネッセハウス ミュージアムの屋外で常設展示されている「海景」シリーズや、2002年に完成した家プロジェクト「護王神社」など、ベネッセアートサイト直島の黎明期より様々なかたちで島内のプロジェクトに参加してきた杉本博司。今回の「杉本博司ギャラリー 時の回廊」は、ベネッセハウス パークにおける杉本作品の展示空間を周辺のラウンジやボードルーム、屋外にまで広げ、その作品群を多角的に紹介するものだ。
三木は、「杉本さんの直島における長年にわたる取り組みが、作家の究極の作品とも言える小田原の《江之浦測候所》の生まれるきっかけとなった経緯から、創作活動のひとつの原点とも言える直島と江之浦をつなげるかたちで構想されました」と語る。ベネッセハウス パークに展示されている杉本の既存の作品に、代表的な写真シリーズや《硝子の茶室「聞鳥庵」》、そして杉本が主宰する新素材研究所のデザインによる家具など約15点の作品が新たに加わった。
ギャラリーの入口では、杉本の1977年の写真作品《華厳の滝》(1977)が展示。三木は、「この作品は、直島と非常につながりの深い『海景』シリーズが生まれたきっかけになったもので、その意味で、これもまたひとつの『原点』を感じさせる作品」と説明している。
地下1階の展示室では、既存の《カリブ海、ジャマイカ》(1980)や《カボット・ストリート・シネマ、マサチューセッツ》(1976)に加え、杉本がアメリカ自然史博物館に展示されている古生物などを再現したジオラマを撮影した「ジオラマ」シリーズより《ハイエナ、ジャッカル、コンドル》(1976)が新たに展示。これにより、「劇場」「海景」を含めた杉本の初期の代表3シリーズが同じ空間に集うこととなった。
新素材研究所のデザインにより改装されたラウンジでは、杉本が「家具の彫刻化」に挑んだ3作品に注目したい。3点の彫刻テーブルでは、約2400年前の火山爆発により地中に埋もれ、埋没時の樹齢を1600年と推定すると4000年前に発芽したとされる神代杉と、樹齢がそれぞれ1500年以上と600年と推定される屋久杉と栃の樹が使用されている。
杉本は、「神代杉は縄文人によって、屋久杉は弥生人によって、栃の木は室町期の人々によって拝されていた」という思いから、これらの木を「三種の神樹」と名付けたという。神の依代として信仰の対象となってきた巨木は、時間の経過そのものを体現したものとも言える。
またこのラウンジでは、プリズムを通して分光させた色そのものをポラロイドで撮影したあとに、デジタル処理を経てプリントしたカラー写真シリーズ「Opticks」と、光学ガラスのプリズムといった杉本の最新の写真的実験も紹介されている。三木は、「『杉本博司ギャラリー 時の回廊』では、より自然の変化そのものを体感していただくひとつのきっかけとなるような作品を重視しています」と強調している。
ラウンジに隣接する旧ボードルームと呼ばれる部屋では、杉本が1990年代にニュージーランドの海岸に打ち捨てられた車のパーツを撮影した写真を、近年プラチナプリントで仕上げた「On the Beach」シリーズが展示。ゼラチンシルバープリントより歴史が古く、またより美しく残り続けられると言われるプラチナプリント技法によって焼き付けられた写真が、ゴルフ練習場から集まった廃材を使ったフレームに収められており、杉本が言う「人間がつくりあげてきた近代文明の終焉」を直接的に感じさせる作品だ。
屋外では、ヴェネチア、ヴェルサイユ、京都で展示されてきた《硝子の茶室「聞鳥庵」》(2014)が設置。掛け軸や花の代わりに周囲の環境そのものをとり込むことにより外に開かれながら、内省的な空間を実現している。また、たんなる彫刻作品だけでなく、実際に茶室として使えるということも、同作の重要なポイントだ。
三木はこの「時の回廊」が目指すものについて、こう語る。「『時の回廊』とは、建築空間や自然環境を回遊し体感することを促す安藤建築の特徴や、杉本博司が追求し続ける時間に対する問い、そして彼の長年にわたる直島との関係性などを反映し、宿泊者や観賞者の方々に自然の変化や壮大な時間の流れを体感し、ベネッセアートサイト直島が目指し続ける『よく生きる』ことについて思索を巡らせていただくような場所になることを意図しています」。
「(直島は)自然の気が流れる特別な場所だ」と語る福武總一郎。自然と建築とアートが深く共鳴するヴァレーギャラリーと、自然の変化や時間の経過が体感できる杉本博司ギャラリー 時の回廊を通し、自然に与えられる純粋な感動を味わってほしい。