石油依存脱却を急ぐサウジアラビアが「アート」に注力する理由。「ヌール・リヤド 2022」レポート(前編)
サウジアラビアの首都・リヤドでアートフェスティバル「NOOR RIYADH 2022(ヌール・リヤド 2022)」が開幕した。発展著しいリヤド各所を舞台とするこの芸術祭の様子や、今後のサウジアラビアにおけるアートの展望についてレポートする。
変革の途上にあるサウジアラビア
世界第2位の産油国であるサウジアラビアは、その輸出により得られる莫大な富により、国際政治において強い発言権を有してきた。親米姿勢を貫き、中東におけるアメリカ軍の拠点であるいっぽうで、石油価格の鍵を握るプレイヤーとして、世界の様々な政治体制とも駆け引きを行っている。
そんなサウジアラビアの特徴のひとつに、厳格なイスラム教の教義を法制度に取り入れていることがある。女性の車の運転や映画館の禁止、観光ビザの発行を行わないなど、近年まで保守的で対外的に閉じられた政策を実施していたことでもよく知られる。
しかし、こうした状況は近年急速に変わりつつある。サウジアラビアの王位継承者、ムハンマド・ビン・サルマーン皇太子は石油依存からの脱却を掲げる「ビジョン2030」を策定し、開放的な政策を推し進めている。2019年には観光ビザも解禁して国外の旅行者を広く受け入れ、文化政策に注力。大きな変化の途上にあるといえる。
なかでも首都・リヤドにおけるアート事業は「RIYADH ART」としてこの「ビジョン2030」に組み込まれており、昨年より始まったアートフェスティバル「ヌール・リヤド」はその重要なプログラムのひとつに位置づけられる。今年の「ヌール・リヤド 2022」は昨年に比してその規模を倍以上に拡大し、約40の会場で190を超える作品が展示されることとなった。ヌール・リヤド 2022のテーマは「WE DREAM OF NEW HORIZONS」。いままさに発展を遂げようとしている素直な未来志向が表現されている。
キュレーターは、ジュマナ・ゴーシュ(Jumana Ghouth)、エルベ・ミカエロフ(Hervé Mikaeloff)、ドロシー・ディ・ステファノ(Dorothy Di Stefano)、ガイダ・アルモグレン(Gaida Almogren)、ネビル・ウィークフィールド(Neville Wakefield)の5人がつとめている。
本展で重要なキーワードとなっているのが「光」だ。光はリヤドの市民にとって重要な存在となっている。リビアの昼間の平均的な気温は夏季で40度近く、冬季でも35度近くになる。そのため、夕方から夜間にかけて屋外での活動を始める生活文化が根づいており、店舗が夕方以降にシャッターを開けたり、子供たちが日付が変わる時間まで外で遊ぶ様子が広く見られる。本芸術祭が「光」をテーマにし、実際に発光や点滅を組み込んだ作品が展示されるのも、こうした夜型の市民生活と呼応しているからだ。
加えて、対外的にリヤドという街を国内外に広くプレゼンテーションしたいという目論見もあり、会場はリヤドの発展やその先進性をアピールするような場所が選択されている。アートスタジオや展示スペースが並ぶ「JAX District」、大使館や各国のレストランが集まる「Diplomatic Quarter」、金融地区の「King Abdullah Financial District」、今年オープンした若者や家族が集まる人気スポット「U Walk」、「King Abdullah Park」や「Salam Park」といった市内の公園、そしてリヤド近郊の砂漠など、その会場は多岐にわたる。それぞれの地区でどのような展示が行われているのかを紹介していきたい。
JAX District
リヤド郊外にある「JAX District」は、アート・スペースやアーティスト・スタジオが連なる、旧倉庫街を改修した施設。リヤドの現代美術の拠点といえる存在だ。
ここでは展覧会「FROM SPARK TO SPIRIT」が開催されている。屋内会場に30のアーティストの作品が並んでおり、いずれもが光を素材として扱った作品となっている。
展覧会の冒頭に展示されているプエルトリコの作家、ギーゼラ・コロン(Gisela Colon)の《Rectanguloid(Qasar Spectrum)》(2022)は、本展を象徴する作品といえる。鮮やかに発光しているような本作だが、電装はいっさい行われていない。アクリル素材を重ねることにより、見る角度によって様々に色彩が変化する本作は、反射という光の本質や、テクノロジーによって光をつくり出してきた人類の歴史も照射しているといえる。本展の光をどこまでもポジティブにとらえる志向を、この小さな作品に見出せるはずだ。
見た目に派手な作品のみならず、本展ではコンセプチュアルな作品も目立つ。ジャック・レイナー(Jac Leirner)の《Bold Copper Light》(2022)は、極めてシンプルながらも雄弁な作品だ。コンセントに刺さった電線の先で電球が灯るという簡単な仕組みの本作だが、その電線は幾度も折り返され、まるで絵画のキャンバスのような重厚な面をつくり出している。人々が当たり前に享受している灯りの根源がシンプルな構造にあることを提示しながらも、それらがつくり出してきた重厚な歴史も感じさせてくれる。
アリシア・クワデ(Alicja Kwade)は、日本国内の展覧会では安全上の問題でなかなか実現できないと思われる作品を展示。《The Heavy Light》(2021)は巨大な岩と電球を組み合わせたダイナミックな作品で、実物の自然石に電球につながったワイヤーを通し、重力を利用してそれを回転させるインスタレーションだ。さながら太陽と地球の関係を表しているような本作は、質量のある岩石が実際に空中を回転することで、単純ながらも強い説得力を持つ。
当然のことながら、地元であるサウジの作家も男女関わらず出品している。ザラ・アール=ガームディー(Zahrah Al-Ghamdi)は77年生まれのサウジアラビアの作家で、西海岸のサウジ第二の都市・ジェッダで活動している。今回の出展作《soliioquy》(2022)は、アカシアの木の枝を詰め合わせて球形にした立体作品だ。無数に詰められた自然素材の表面には樹液のような光沢ある素材が塗られており、照明を反射することで輝いて生命の瑞々しさを感じさせる。
JAX Districtの各倉庫では、ひとりのアーティストが倉庫ひとつを会場に作品を展示している。ひとつの広大な空間を各作家がどのように活かしているかが見どころだ。
《100 MILLION》(2022)は、サウジアラビアのアーティストであるラシード・アルシャシャイ(Rashed Alshashai)が「石油」をテーマに制作した作品だ。強烈な緑色の光が液体のように流動する本作だが、それを囲うのは伝統的にこの国で使われてきたヤシの素材。石油の大量消費とその膨大なエネルギー消費に警鐘を鳴らすいっぽうで、過去の素材を見つめることで実現される新たな進歩を提示する。
日本人作家の作品にも注目したい。藤本翔平はレーザーを使用するメディア・アートを世界中で展開してきたアーティストだ。今回は倉庫の中に600のレーザーを設置し、自動生成される線状の光によって、空間そのものを強く意識させる作品《INTANGIBLE #FORM》(2019)を展示した。
チームラボは金箔の屏風絵のようなモニターに、ゆっくりと動く波が印象的な《WAVES OF LIGHT》(2018)を展示している。ヌール・リヤド 2022における大規模なメディア・アートの多くが、演出のための派手な音響を施されているのに対し、本作は自然音を拡張した音響を使ってゆったりと変化していく時間を表現している。
なお、会期中はアーティストたちが使用しているJAX Districtのスタジオも公開。政府が広大な倉庫を改修して作家の活動を支援している取り組みの様子がよくわかり、作家支援についての前向きな姿勢を感じることができる。
Diplomatic Quarter
在サウジアラビアの各国大使館が集まる「Diplomatic Quarter」では、建築を活かした作品が見どころだ。
政府機関が入る建物の広場に設置された《MEKNES POLK CITY IFAFA 2 ITATA 2 PORT TAMPA》(2022)は、フランス人アーティスト、ベルトラン・ラヴィエ(Bertrand Lavier)の作品だ。フランク・ステラのキャンバス作品を引用し、そのフォルムをネオン管によってペイントするように装飾。子供たちや家族連れが歩き回る開放的な空間に彩りを添える。
チャールズ・サンディソン(Charles Sandison)の《THE GARDEN OF LIGHT》(2022)は圧巻の作品といえる。中庭の壁面に映し出されたのは無数のアラビア文字の単語。何世紀にもわたって書き記され、人類がコミュニケーションのために使ってきた言語を、プロジェクション技術によって壮大なスケールで表現した。
東京を拠点とするオーディオビジュアルユニット・FLIGHTGRAFは、建物内の回廊で作品《PAUSE》(2022)を展示。壁面で規則性を持ちながら変わっていくグラフィックは、大量の情報が通り過ぎていくなか、あらためてひとつの対象の前に立ち止まり、時間をかけて観察するという行為を喚起させる。
Diplomatic Quarterは外交上、重要な拠点であるため、この地域に入るためには検問を越さなければいけない。しかしながら、内部には新しい飲食店や広場がつくられており、より開けた場所に変化させていこうという意識が作品の展示方法からも伺えた。
KAFD
KAFD(King Abdullah Financial District)はリヤド中心部の金融地区であり、奇抜で未来的なデザインの高層ビルが立ち並ぶ地域だ。
《EVANISHING POINTS》(2022)は、DiESの名前で活動するイタリア人アーティスト、ファビオ・ヴォルピ(Fabio Volpi)による作品。世界中の地平線を建物の壁面に持ち込む、というコンセプトのもと、この金融地区のビルを見上げるように、ビルの壁面にプロジェクションによる作品を出現させた。
メキシコのマルチメディア・アーティストであるVIGASの《APPARATUS 1010》(2022)は、宇宙の無限性と人間の認知の限界について問いを投げかける作品。鏡面とモニターを組み合わせたトンネル状の空間に入ると、大きな流れの中にいるような感覚とともに、そこに立つ鑑賞者自身の姿も鏡面に映し出す。
高層ビルの谷間にある広場に展示されている、マダガスカルのアーティスト、ジョエル・アンドリアノメアリソア(Joël Andrianomearisoa)による《ON A NEVER-ENDING HORIZON, A FUTURE NOSTALGIA TO KEEP THE PRESENT ALIVE》(2022)は、アートがサウジアラビアにもたらすポジティブな側面を素直に打ち出した作品だ。ネオン管によって書かれたそのメッセージについて、アーティストは次のように語った。「地平線は私たちの視覚における遊び場であり、何よりも私たちの夢です。ここには私たちの愛情の劇場がありますが、何よりも私たちの希望があります」。まさに「WE DREAM OF NEW HORIZONS」という本芸術祭のメッセージをそのまま体現した作品といえる。
後編では砂漠や公園といった立地の、よりランドスケープを活かした作品を紹介するとともに、生まれたてのアートフェスティバルであるがゆえの課題や未来への展望について考察したい。