2025.1.18

「玉山拓郎: FLOOR」(豊田市美術館)開幕レポート。谷口吉生建築に新たな眼差しを

谷口吉生による美術館建築の代表例として知られる豊田市美術館。同館で美術家・玉山拓郎の大規模個展「玉山拓郎: FLOOR」が始まった。

文・撮影=橋爪勇介(ウェブ版「美術手帖」編集長)

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 愛知・豊田市の豊田市美術館で美術家・玉山拓郎の大規模個展「玉山拓郎: FLOOR」が始まった。会期は5月18日まで。担当学芸員は鈴木俊晴。

 玉山は1990年岐阜県多治見市生まれ。絵画制作を出発点に愛知県立芸術大学で学んだのち、現在は東京を拠点に活動。早くから立体的な造形や光、映像、音を組み合わせたインスタレーションを展開しており、「六本木クロッシング2022展:往来・オーライ!」(森美術館、東京)では、東京の街を一望できる展示室に《Something Black》を展開し、大きな窓ガラスを赤いフィルムで覆い、黒い家具のような物体で空間を満たした。

 また「ART IN THE PARK(工事中)」(Ginza Sony Park、2024)では、地下2階から4階のGinza Sony Parkを縦に貫く巨大なインスタレーションStatic Lights:Two Ellipeses》を展開。2色の光を放つ楕円を建築の中に文字通りインストールし、大きな注目を集めた。本展は玉山にとって初の美術館における大規模個展であり、豊田市美術館おける個展開催の最年少記録だ。

豊田市美術館

 会場となる豊田市美術館は、昨年87歳で逝去した建築家・谷口吉生の設計による代表作のひとつ。ミニマリズムと機能性が融合した、静謐な印象を与える美術館として知られる。本展は、その豊田市美術館の2〜3階にある5つの展示室に、過去最大規模の作品を「貫入する」という、同館でも前例のない試みだ。

 キュレーターの鈴木は「5つの展示室に1つの作品、というのがこの展示の大きなポイントでありチャレンジングな点だ」と話す。数多くの作品で構成されるのでもなく、あるいは展示室に物語(ストーリー)を設定するのでもない、「空間によって成立させる展覧会」に挑んだ。

展示風景より

 豊田市美術館の特徴でもある吹き抜けの展示室1には、全面がカーペットに覆われた「彫刻」とも「建築」ともつかない巨大な構造物が出現。天井まで達するほどのスケールを持つこの構造物からは「梁」のようなものも突き出ており、文字通りほかの展示室へと「貫入」している(その貫入は全体をひと通り見て、初めて実感できる)。

展示風景より
展示風景より
展示風景より

 光源についても工夫が凝らされており、今回は1ヶ所を除いてスポットライトやシーリングライトを使わない、自然光のみでの展示が実現された。これによって、作品を含む展示室の表情はつねに変化を続ける。とくに開幕後2週間ほどは、閉館時間(17時30分)が近づくにつれてだんだんと暗くなる展示室で、作品が闇に溶けていくような光景を目にすることができるだろう。

唯一人工照明が使われた展示室。ここの床はカーペットで覆われている

 本作で使用されたカーペットの総面積は約880平米。その数字から見ても規模の大きさが想像できるが、重要なのは「もの」だけではない。通常は絵画やインスタレーションなどを見せる展示室にインストールされた巨大構築物。そうした状況において、「既存の空間に何が起こるのか」という問いを提示していることも重要なポイントだ。

 作品は空間を様々な角度に切り取り、それによって鑑賞者は本来の美術館建築が持つ様々なディテールに気付かされる。

展示風景より

 豊田市美術館について「昔から親しんでいた場所であり、把握している空間だった」と語る玉山拓郎。本展は作品のスケールからしてもチャレンジングな個展に見えるが、「もともとこの美術館をひとつの大きな空間として見ていたので、今回は素直な態度で臨んだ」と話す。

 大胆なキュレーションとそれに呼応する玉山ならではの手つきによって、谷口建築に対する新たな眼差しが生みだされた展覧会だ。