2025.3.11

特別展「桜 さくら SAKURA 2025」(山種美術館)レポート。美術館で一足早いお花見を

東京・広尾の山種美術館で、特別展「桜 さくら SAKURA 2025 ―美術館でお花見!―」が開催中だ。

文・撮影=橋爪勇介(ウェブ版「美術手帖」編集長)

展示風景より、手前が松岡映丘《春光春衣》(1917)
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 春の訪れをいち早く感じさせる展覧会が、東京・広尾の山種美術館で始まった。特別展「桜 さくら SAKURA 2025 ―美術館でお花見!―」だ。

 桜の美しさと儚さは古来から日本人を魅了し、芸術の世界において数々の作品の主題となってきた。本展は、そんな桜に魅せられた日本画家たちが生み出した、桜の名品51点を展示するものだ。

展示風景より、右は奥田元宋《奥入瀬(春)》(1987)

 展示は「桜とともに」「名所の桜」「桜を描く」「詩歌・物語の桜」「夜桜に魅せられて」の5章で構成されている。

 展示冒頭を飾る第1章で、本展のハイライトのひとつと出会う。それが、桜を愛でる女性を色鮮やかに描いた松岡映丘の《春光春衣》(1917)だ。《源氏物語絵巻》や《平家納経》などを参考にした本作は、金銀を多用したやまと絵の描法とともに、色彩や画面構成には近代的な要素が取り入れられている。同館顧問で美術史家・明治学院大学教授の山下裕二は松岡を「最後のやまと絵師」としており、本作は「将来の重要文化財候補」と高く評価している。

展示風景より、手前が松岡映丘《春光春衣》(1917)

 また1章では、清らかな水が流れる渓谷に咲く山桜を表した川合玉堂の《春風春水》(1940)にも注目したい。渡し船は、玉堂が好んだモチーフであり、本作にも春の山間部を舞台に、農婦を乗せた渡し船がゆったりと川を渡る様子が描かれている。

展示風景より、川合玉堂《春風春水》(1940)

 日本各地にある様々な桜の名所。第2章にはそれらを描いた作品が並ぶ。主役と言えるのは奥村土牛の《醍醐》(1972)だろう。京都・総本山醍醐寺三宝院の「太閤しだれ桜」を柔らかな色合いでとらえた山種美術館所蔵のなかでも代表的なもの。土牛は1963年に師・小林古径の7回忌法要で奈良を訪れ、その帰りに醍醐寺に立ち寄っている。その際は写生のみだったが、9年後に再訪を果たし、本作の完成至った。何度も塗り重ねされた絵具と胡粉によって、柔らかな春の空気が画面全体を覆っている。

展示風景より、奥村土牛《醍醐》(1972)

 第3章では、桜の花木そのものを主題とした作品がまとめられた。横山大観の《春朝》(1939)は、朝日に輝く山桜が画面を覆う、これぞ大観というべき作品だ。金泥で描かれた霞が春の暖かな空気をより感じさせる効果を果たす。

展示風景より、横山大観《春朝》(1939)

 川端龍子の《さくら》(20世紀)も面白い。花ではなく、桜の木の幹にフォーカスし、画面のほとんどを幹が占めるという珍しい構図の作品だ。絹本に彩色することで生まれたぼかしが、木の幹の複雑な色彩を伝えている。

展示風景より、川端龍子《さくら》(20世紀)

 日本では古来より詩歌においても桜は取り上げられてきた。第4章「詩歌・物語の桜」には、桜にゆかりのある和歌や歌人、物語を題材にした作品が並ぶ。

 なかでも圧倒的な存在感を放つのが、守屋多々志の《聴花(式子内親王)》(1987)だ。本作は、後白河天皇の皇女で忠誠を代表する女流歌人・式子内親王の「はかなくて 過ぎにしかたを かぞふれば 花にもの思ふ 春ぞ経にける」に着想を得たもの。牛車から降り、満開の桜の下に佇む内親王の姿が描かれており、その表情がじつに強い印象を与える。

展示風景より、守屋多々志《聴花(式子内親王)》(1987)

 また古径の名作で、道明寺伝説を描いた全8図からなる《清姫》からは、クライマックスを飾る「入相桜」が展示。安珍と清姫の物語の最後を古径ならではの解釈で描いた名作だ。

展示風景より、小林古径《清姫》のうち「入相桜」(1930)

 終章「夜桜に魅せられて」では、近現代の画家が描いた夜桜に浸りたい。

 菱田春草の《月四題のうち「春」》(1909-1910)は、満月と四季の花木を組み合わせた4幅対の作品。このうち、会場では春の山桜を描いた一点を見ることができる。外側をぼかして対象を白く浮き立たせる「外隈」の技法によって月を描くことで、朧月夜が見事に表現されている。桜の花も、墨の上に胡粉を乗せることで微妙な色合いがぼうっと浮かび上がる。

 「桜」という同じ主題ではあるが、その表現はじつに様々だ。日本画家たちが愛でた桜の多様な姿を、美術館で堪能してほしい。