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2025.2.9

「パビリオン・ゼロ:空の水族園」レポート。現実と虚構の“境目”を歩く

シビック・クリエイティブ・スペース東京[CCBT]の2024年度フェローである布施琳太郎。その成果発表となる「パビリオン・ゼロ」プロジェクトより、葛西臨海公園内で開催された「市外劇=ツアー型展覧会『パビリオン・ゼロ:空の水族園』」の様子をレポートする。

文=三澤麦(ウェブ版「美術手帖」編集部) 画像提供=シビック・クリエイティブ・スペース東京[CCBT](Photo: Naoki Takehisa)

実施風景より
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 シビック・クリエイティブ・スペース東京[CCBT]の2024年度フェローである布施琳太郎。その成果発表となる「パビリオン・ゼロ」プロジェクトより、「市外劇=ツアー型展覧会『パビリオン・ゼロ:空の水族園』」が東京・江戸川区の葛西臨海公園内で実施された。同プロジェクトに関する記者会見の様子はこちら

「パビリオン・ゼロ」ロゴマーク デザイン=八木幣二郎

 「パビリオン・ゼロ」プロジェクトは、「架空の水族園構想」「プラネタリウムにおける観測報告」「新たな美術雑誌の刊行」の3つの企画によって構成されており、今回の「市外劇=ツアー型展覧会」は「架空の水族園構想」に該当する。

 舞台となる葛西臨海公園は東京湾に面する都立公園であり、産業や軍事目的として利用される埋立地とは異なり、動植物や市民のための「人工自然」として開発された場所だ。公園内には「葛西臨海水族園」のガラスドームや、展望広場の「クリスタルビュー」、東京水辺ラインの発着場といった谷口吉生による建築が点在しており、布施はこうした土地の特性や谷口によるパビリオンの場としての想像力に着目した。

葛西臨海公園。写真にうつるボックス状の「展望広場」(右)とドーム状の「葛西臨海水族園」(中央)は、昨年12月に逝去した建築家・谷口吉生によって設計されたもの。しかし、現在東京都によって2028年を目処に水族園の隣接地に新たな水族園を建設・整備する事業が進められている
撮影=編集部

 今回の展覧会において参加者は、ヘッドマウントディスプレイ(HMD)を装着し、ツアーに参加しながら、公園内や船上でアーティストらによる作品やパフォーマンスに出会うことができる。現実と、拡張現実(AR)や仮想現実(VR)が交錯する景色で、我々はいったい何を見ることができるのだろうか。

 ツアーガイド、企画、演出、脚本を手がける布施は、参加者に次のような言葉を投げかける。「現実と虚構の“境目”を見分ける努力を怠らないでください」。

展示風景より。中央は板垣竜馬《新天動儀》 鳥類園ウォッチングセンター1F レクチャールーム 

 「空」(*)というテーマで作品やパフォーマンスを展開するのは、布施琳太郎、米澤柊、板垣竜馬、涌井智仁、黒澤こはる、倉知朋之介、雨宮庸介(形式提供)、米村優人、青柳菜摘らだ。ツアーの内容に沿って、その一部を紹介したい。

実施風景より 

 ツアーは布施の先導と語りによって進められる。スタート地点の鳥類園ウォッチングセンターから東京水辺ラインの発着場までの道のりでは、不思議な生命が空中を飛び回る米澤柊によるアニメーションがARで上映されるほか、倉知朋之介や米村優人によるパフォーマンスが歩くのと同じタイムラインのなかで実施されていく。

実施風景より、倉知朋之介《フリーフリッパー》 
実施風景より、米村優人《あいつらのこと(M-Seaside)》 

 同じように、東京水辺ラインの発着場では「私が泣いているのに気づいてた?」と参加者に対して声を荒げる黒澤こはるによるパフォーマンス、そして船内では雨宮庸介の人生最終作のための公開練習《For The Swan Song A》が布施によって行われる。

 この一連のツアーで見られたパフォーマンスは、何か合図があって始まるというよりは、歩いているうちにいつの間にかそこ(布施の言葉を借りるならば、現実と虚構の境目)に混ざり込んでしまうというニュアンスに近い。

実施風景より、黒澤こはる《ショーケース越しの逢瀬》 東京水辺ライン発着場 
実施風景より、布施琳太郎によるパフォーマンス 東京水辺ライン内 

 布施によるパフォーマンスが終わると、突如、青柳菜摘からの着信がある。それから参加者らは船上にあがり、東京湾を臨みながら青柳による詩《ぼくは戦争を手に入れた》の朗読に耳を傾ける。

実施風景より、青柳菜摘《ぼくは戦争を手に入れた》 東京水辺ライン内 

*──展覧会タイトルにもある「空」というテーマは、谷口吉生が初期段階に構想していた公園内各所に展示パビリオンが点在する形式から想像を膨らませた「空=ソラ」(もしかすると、水族園が空中にあったかもしれない)、そして2028年を目処に現行の水族館が機能を停止してしまう「空=カラ」(水族館が空っぽになる)から定められた。

 今回のツアーは抽選制での参加となってしまったが、公園内では各所で「パビリオン・ゼロ:空の水族園」にまつわる展示も実施されている。ツアーには参加が叶わなくとも、布施による《空のチュートリアル》や展示作品を通じて、その概要は伝わるはずだ。

展示風景より、布施琳太郎《空のチュートリアル》 鳥類園ウォッチングセンター1F 
展示風景より、布施琳太郎《あなたと同じかたちをしていたかった海を抱きしめて》 鳥類園ウォッチングセンター1F 
展示風景より、米澤柊《空とあたたかい》 鳥類園ウォッチングセンター2F 
展示風景より、板垣竜馬による作品群 東京水辺ライン発着場 
展示風景より、涌井智仁《HOWL》 

 HMDを装着して公園内を巡りながら、現実と仮想の世界を同時に体験するという展覧会はいままでにないものであった。鑑賞者ごとの映像のズレやオペレーションの難しさといった課題はあれど、この試みの実現は、テンプレ化した「展覧会」という枠組みの拡張にもつながるはずだ。

 加えて、HMDを装着した20数名が公園内を歩き回る光景は、正直傍から見れば異様であり、ツアー参加者は作品を鑑賞しているようでじつは鑑賞されてる存在でもある。美術作品のみにスポットライトを当てることを可能にした美術館のホワイトキューブ空間では、このような体験は起こりにくい。まさに「市外劇=ツアー型展覧会」ということだ。

 なお、この鑑賞する側とされる側の関係性が揺らぐような体験は、現在開催中の現代アートチーム・目[mé]による「LIFE SCAPER in SAITAMA ARTS THEATER」(〜2月24日、彩の国さいたま芸術劇場)にも重なる部分がある。