2025.2.15

「今村遼佑×光島貴之 感覚をめぐるリサーチ・プロジェクト 〈感覚の点P〉展」(東京都渋谷公園通りギャラリー)開幕レポート。目で見るだけでは見えないものを探して

東京都渋谷公園通りギャラリーで、「今村遼佑×光島貴之 感覚をめぐるリサーチ・プロジェクト 〈感覚の点P〉展」が開幕した。会期は5月11日まで。

文・撮影=安原真広(ウェブ版「美術手帖」副編集長)

展示風景より
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  東京都渋谷公園通りギャラリーで、「今村遼佑×光島貴之 感覚をめぐるリサーチ・プロジェクト 〈感覚の点P〉展」が開幕した。会期は5月11日まで。担当は同ギャラリー学芸員の門あすか。

   本展は美術作家の今村遼佑と光島貴之による作品を展示するとともに、ふたりの感覚をめぐるリサーチの記録を報告・展示するものだ。

 まずはふたりのプロフィールを確認したい。今村は1982年京都府生まれ。インスタレーション、映像、絵画、テキストなど多様な手法で、生活の中のささやかな出来事を取り上げ、見る人の記憶や感覚に働きかける表現を行っている。

展示風景より

    光島は1954年京都府生まれ。10歳の頃に失明し、鍼灸を生業としながら、テープやカッティングシートを用いた「さわる絵画」のほか、「触覚コラージュ」、「釘シリーズ」など独自の方法で、自身の身体感覚を投影した新たな表現手法を探求してきた。

   同ギャラリーでは2024年5月、ふたりの活動をより多くの人々と共有する試みのひとつとして本展のプレイベントを開催。今村と光島の作品展示のほか、ふたりが共同制作した、触れて鑑賞する作品《触覚のテーブル》を用いたワークショップを実施した。本展ではこれに続くかたちで開催されるものだ。

 展覧会タイトルの「点P」とは、数学の問題に用いられる「任意の点P」を「人それぞれの感覚を代入することができる点」と読み替えたものだ。使う関数によって異なる「点P」が導き出される、つまり、同じ経験をしてもそこに生まれる個々の感受は様々に異なる、という展覧会のコンセプトが込められている。

展示風景より、光島貴之《さやかに色点字―中原中也の詩集より》(2023-24)

   門は本展のねらいについて、次のように語った。「日常においては、物事を結論を求めながら見てしまうことが多い。そうした既存の概念にとらわれず、様々な分野において結論を求めないリサーチを実施してきた。本展が、一人ひとりの感覚の違いをそのまま『点P』として受け入れる試みになれば」。

展示風景より、リサーチの紹介

 公園通りに面したガラス張りの展示室Aでは、壁面を中心に光島の作品《さやかに色点字―中原中也の詩集より》(2023-24)が展示されている。これらはすべて触れることができる。木材に釘や鋲などを打ち、そこに光島が「色点字」と呼ぶアクリル絵具とボンドでつくった隆起物を付着させた作品群だ。これは、光島が高校時代に親しんだ中原中也の詩篇から印象に残る一行を選び制作した。

展示風景より、光島貴之《さやかに色点字―中原中也の詩集より》(2023-24)

 10歳の頃に失明した光島は、それ以前にかろうじて見えていた色の記憶がある。そのため、文字を思い浮かべるとき、幼い頃にかすかに見えていた色が、共感覚として想起されるそうだ。本作はこうした色の記憶を言葉にひもづけようと試みており、さらに釘をはじめとした素材の集合に触れることで、手の感覚ともリンクする。中原中也の詩の断片に、文字とは異なる方法でアクセスすることを可能とした作品群だ。

展示風景より、光島貴之《さやかに色点字―中原中也の詩集より》(2023-24)

 展示室AとB、Cをつなぐ廊下には、今村の映像作品《詩に触れる》(2023)が展示されている。今村は光島の所有する、ピンが上下に動いて点字を表示することができるツール「点字ディスプレイ」を使用して本作を制作した。映像には、今村が高校時代に影響を受けたという詩(それは有名な詩であるが詩人の名や作品名は伏せられている)を、点字ディスプレイで表示する様が映る。詩の内容を理解できるのは、点字を読むことができ、そして目が見える人だけだ。ここで志向されているのは、詩のとらえ方の多様性の提示だろう。詩を感受する手法は、いつだって多様なのだ。

展示風景より、今村遼佑《詩に触れる》(2023)

 廊下の先にある展示室Bの中央にはトイピアノが置かれ、そこから伸びたコードが床に置かれたバケツや電気スタンドなどにつながっている。これは、今村の作品《プリペアド・ピアノ》(2025)だ。

展示風景より、今村遼佑《プリペアド・ピアノ》(2025)

 プリペアド・ピアノとは、弦に金属や木材などを挟むことで音色に変化をつける手法のことだ。今村はこのプリペアド・ピアノの概念を拡張し、トイピアノの弦を、聴覚だけでないものにも訴えるものにつなげた。来場者がトイピアノの鍵盤を叩くと、周囲にあるLEDランプやスタンドのランプが光ったり、バケツや時計の音が鳴ったりする。それだけではなく、この鍵盤は別の展示室の仕掛けにもつながっており、作動しているときには直接見ることができない動きともつながる。光を見ることで音を感じたり、音が見えない場所で表出したりすることで、音そのものの概念をゆるがしている。

展示風景より、今村遼佑《プリペアド・ピアノ》(2025)

 また、この展示室Bの壁面には、光島の作品が展示されている。「目が見えなくなる前に色を憶えていたい」という、10歳当時の自身の思いを表現した作品や、対象の大きさを知るためにその周囲を触れながら周回するときの運動性を表現した作品など、光島が世界をとらえようとする手法が、小さな世界に結晶化している。

展示風景より、光島貴之の作品
展示風景より、光島貴之《速く歩いて記憶に残す》(2024)

 さらに、部屋に置かれたテーブルでは光島と今村のリサーチの記録が紹介されている。光島のアトリエの近所にあるという大徳寺の石庭を、光島が今村の言葉とともに見る《石庭をみにいく》(2022)、音のついたピンポン玉で行う卓球、スルーネットピンポンを体験する《スルーネットピンポン体験会》(2024)など、ふたりのリサーチは多岐にわたる。

展示風景より

 また「見えない人や見えにくい人が審査員になる美術コンペがあってもいいのではないか」という発想から生まれた、今村と画家・高野いくのによる企画「手でみる彫刻コンペティション」(2025)の受賞作品も、布の下から手を差し入れて触ることで体験できる。

展示風景より、「手でみる彫刻コンペティション」(2025)

 展示室Cでは、光島による4つの映像作品が並ぶ。これらはいずれも、右手にスマートフォンを持ち、左手で美術作品や森の木を触る様子を光島が自ら撮影した映像作品だ。とくに、東京都現代美術館のアンソニー・カロによる巨大な屋外彫刻《発見の塔》を触りながら、そのディティールを把握しようとする作品《手で見る野外彫刻―アンソニー・カロ〈発見の塔〉(1991年)》(2025)は、彫刻作品を鑑賞することを改めて考えさせられるものとなっている。

展示風景より、《手で見る野外彫刻―木にふれる》(2025)

 例えば「鑑賞する」といったとき、私たちは当たり前のように、それが視覚によって成立することだと思い込んではいないだろうか。しかし、あらゆるものと対峙し鑑賞する方法は、人それぞれであっていいはずだ。本展は、見過ごしていた、とても大事なことに気がつくことができる展覧会といえるだろう。