2025.2.27

「鷹野隆大 カスババ ―この日常を生きのびるために」(東京都写真美術館)開幕レポート。何でもない場所に向かってシャッターを切り続ける

東京都写真美術館で、同館の総合開館30周年を記念した展覧会の第1弾として「鷹野隆大 カスババ ―この日常を生きのびるために」がスタートした。会期は6月8日まで。

文・撮影=三澤麦(ウェブ版「美術手帖」編集部)

展示風景より
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 東京・恵比寿の東京都写真美術館で、同館の総合開館30周年を記念した展覧会の第1弾として「鷹野隆大 カスババ ―この日常を生きのびるために」がスタートした。会期は6月8日まで。担当学芸員は遠藤みゆき(東京都写真美術館 学芸員)。

 鷹野隆大(1963〜)は、写真集『IN MY ROOM』(2005)で第31回木村伊兵衛写真賞を受賞し、現在も国内外で活躍を続ける写真家・アーティスト。その写真集に代表されるセクシュアリティをテーマとした作品と並行し、「毎日写真」や「カスババ」といった日常のスナップショットを手がけ、さらに東日本大震災以降は、「影」を被写体とした写真の根源にせまるテーマにも取り組んでいる。

 今回の展覧会タイトルにもある「カスババ」とは、「カスのような場所」の複数形を指した鷹野による造語だ。「若い頃は、東京の都市景観が乱雑で嫌いだった」と語る鷹野がそれらを撮影し続けたのはなぜか。それは、鷹野が『IN MY ROOM』などでも掘り下げていた「曖昧さ」「わからなさ」にも通ずる視点があるように感じられた。「自分の身近な場所とはその(乱雑な東京の都市景観の)なかにあり、本来あるものをないもののように扱うことが暴力的な行為である気がした。無理矢理シャッターを切り続けることで、そこにおもしろさを見出すようになっていった」。

 2021年には大阪の国立国際美術館で大規模な回顧展が開かれていた鷹野。遠藤学芸員は、すでに展示された作品を再編集することで、いかに鷹野作品との新たな出会いを創出することができるかが同展を開催するうえでのテーマであったと語っている。

展示風景より

 同展の展示空間は建築家・西澤徹夫が務めており、「都市空間における広場」という鷹野の提案をもとに設計されている。会場には、日常をテーマとしたスナップショットシリーズを中心に116点(初公開作品を含む)が展示されているが、ただ壁付けで並べられているわけではない。作品ごとに展示方法が異なり、また、あらゆる場所に点在しているので、1つの場所に立っているだけで様々な角度からありとあらゆるイメージが目に飛び込んでくるのが印象的であった。もちろん順路にも決まりはない。一枚の写真に向きあうもよし、複数のイメージをただ眺めるのもよし、といった具合だ。

展示風景より。展示空間には什器と一体となった淡いブルーのベンチも設けられている
展示風景より
展示風景より

 1枚1枚の写真を連続して配置することで、動的な流れを見せる作品群も目を引く。「CVD19」シリーズでは、ゴム手袋を装着した手と手が写し出されており、コロナ禍という非日常において「触れあう」という行為をとらえた、時代性の強い作品だ。

展示風景より
展示風景より

 また、「立ち上がれキクオ」シリーズは、疾患による身体の不自由からすぐに立ち上がることが難しいというキクオさんの姿を写している。連続した3枚の写真から、ゆったりと立ち上がる様子を想像することができ、なんとなく微笑ましさも感じられる。「キクオさんの飾らない、ありのままの姿を写すことは、写真を通じてわからなさと向きあう『カスババ』シリーズと呼応している部分がある」と遠藤学芸員は付け加える。

展示風景より

 会場の中心にある奥まったスペースには、裸の男性を写したポートレートが展示されている。お互いの大切な部分を預けあうその姿は、あえて弱さをさらけ出すことで分かりあおうとする様子にも見受けられる。「世界の均衡が崩れ、暴力が顕在化した現代。力に力で対抗することから外れるという発想がいまの時代には必要なのではないか。この作品を発表することに躊躇いはあったが、そういった考えもあり展示することを決意した」と鷹野は語る。

展示風景より

 「足にゴミがついてると思ったら影だった」という感覚からスタートしたというフォトグラムシリーズ「Red Room Project」は、影の写真ではなく、“影そのもの”を写し出すことを試みたものだ。また、会場左奥には、「日々の影」を撮影したシリーズに加え、電球やモニター、カメラが設置されている。どこを見ても自分の影が目の前に現れる不思議な空間だ。

展示風景より
展示風景より

 ほかにも、鷹野の住む家から見える「東京タワー」を写したシリーズや、「カスババ2」の作品が会場には並ぶ。我々が日々暮らしを続ける、何でもない場所。そんな日常空間を写真で切り取り、ただ見つめてみることで「煩わしさ」や「愛おしさ」「安らぎ」といった様々な感情が湧き起こってくるようだ。

 なお、いくつかの作品は展示室外のロビーにも設置されているためお見逃しなく。

展示風景より
展示風景より
展示風景より