2025.3.19

「リビング・モダニティ 住まいの実験 1920s‒1970s」(国立新美術館)レポート。ミース幻の建築が実寸大で登場

快適性や機能性、芸術性の向上を目指した建築家たちが設計した「戸建ての住宅」を紹介する企画展「リビング・モダニティ 住まいの実験 1920s‒1970s」が、東京・六本木の国立新美術館で始まった。

文・撮影=橋爪勇介(ウェブ版「美術手帖」編集長)

展示風景より
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 快適性や機能性、芸術性の向上を目指した建築家たちが設計した「戸建ての住宅」。これにフォーカスした企画展「リビング・モダニティ 住まいの実験 1920s‒1970s」が、東京・六本木の国立新美術館で始まった。

 本展は同館の自主企画展。担当キュレーターは長屋光枝(国立新美術館学芸課長)、監修は岸和郎(建築家、K.ASSOCIATES / Architects主宰)、ゲスト・キュレーターはケン・タダシ・オオシマ(ワシントン大学建築学部教授)、アソシエイト・キュレーターは佐々木啓(東京工業大学建築学系助教、2019-24)。会場構成は長田直之(建築家)が、アート・ディレクションは「Nerhol」の活動でも知られる田中義久が担当した。

展示風景より

 1920年代以降、ル・コルビュジエ(1887〜1965)やミース・ファン・デル・ローエ(1886〜1969)といった多くの建築家が、時代とともに普及した新たな技術を用いて、機能的で快適な住まいを探求した。その実験的なヴィジョンと革新的なアイデアは、やがて日常へと波及し、人々の暮らしを大きく変えていくこととなる。本展は、そんな快適性や機能性、そして芸術性の向上を目指した建築家たちが設計した「戸建ての住宅」に、衛生、素材、窓、キッチン、調度、メディア、ランドスケープという7つの観点からフォーカスするものだ。

 展示で紹介されるのは、大規模建築も数多く手がけた著名な建築家たちによる15邸。その模型を中心に、20世紀の住まいの実験が、写真や図面、スケッチ、家具、テキスタイル、食器、雑誌やグラフィック、映像などを通じて多角的に紹介されている。

展示風景より

巨大水平窓から覗く1階

展示風景より

 壁のない広大な展示室の入口には、ル・コルビュジエ「ヴィラ・ル・ラク」にある巨大な水平連続窓を模した空間が設けられ、そこから展示全景を見渡すことができる。1階展示室に広がるのは、以下14邸の模型を中心とした資料だ。

 ル・コルビュジエ「ヴィラ・ル・ラク」(1923)、藤井厚二「聴竹居 」(1928)、ミース・ファン・デル・ローエ「トゥーゲントハット邸」(1930)、ピエール・シャロー「ガラスの家」(1932)、土浦亀城「土浦亀城邸」(1935)、リナ・ボ・バルディ「ガラスの家」(1951)、広瀬鎌二「 SH-1」(1953)、アルヴァ・アアルト「ムーラッツァロの実験住宅」(1953)、ジャン・プルーヴェ「ナンシーの家」(1954)、エーロ・サーリネン&アレキサンダー・ジラード&ダン・カイリー「ミラー邸」(1957)、菊竹清訓&菊竹紀枝「スカイハウス」(1958)、ピエール・コーニッグ「ケース・スタディ・ハウス #22」(1959)、ルイス・カーン 「フィッシャー邸」(1967)、フランク・ゲーリー「フランク&ベルタ・ゲーリー邸」(1978)。これらのうち、多くが設計者本人の自邸ということも本展の特徴だ。

 このなかから、主だったものを紹介しよう。

 ル・コルビュジエ「ヴィラ・ル・ラク」は、ル・コルビュジエが両親のためにスイスのレマン湖畔に建てた小さな住宅。湖に面した11メートルの長い窓が特徴の細長いコンパクトな空間には、来客時のベッドも含めて、必要最小限の設備が機能的におさめられている。

 藤井厚二の「聴竹居」は、京都・大山崎町の山林に建つ藤井の5番目の自邸だ。家族と暮らした「本屋」、趣味を探求した「閑室」、来客を招いた「茶室(下閑室)」からなる構造で、まさに木造モダニズムの傑作。日本の気候風土や生活様式を意識した工夫が凝らされている。実物は現在も予約制で見学が可能だ。

展示風景より、「聴竹居」

 土浦亀城の「土浦亀城邸」は、フランク・ロイド・ライトの弟子である土浦によるふたつ目の自邸。日本初の女性建築家である信子夫人もその設計に携わった。東京の上大崎に建てられた木造乾式構造の建物は、様式、インフラともに欧米の最新の動向を取り入れつつ、日本の風土にも適合するよう設計されており、現在はポーラが復元・移築し、都心で一般公開されている。その内部は、敷地の高低差を生かした5つのフロアでゆるやかにつながっており、昭和初期の住宅建築を代表するインターナショナルスタイルの都市型小住宅だ。

展示風景より、「土浦亀城邸」
展示風景より、「土浦亀城邸」

 リナ・ボ・バルディの「ガラスの家」は、イタリア出身のボ・バルディが、ブラジル国籍を得た1951年にサンパウロに建てた自邸。高台のガラスファサードで覆われた建物の周囲には、建築家自身が吟味して植物を植えた。植物や土着の文化に関心が高いボ・バルディは、その開放的な室内を、地元の木材を使って自ら制作した家具や、アートディーラーの夫とともに集めた美術品や民芸品で満たした。

展示風景より、「ガラスの家」

 ルイス・カーン「フィッシャー邸」はアメリカのフィラデルフィア郊外の自然豊かな場所に建つ。キューブ状のふたつの建物を、片方45度ずらして接続している。暖炉の脇にあるリビングの窓辺には、美しい景観を切り取るガラス窓や風を取り込む開閉窓、人が佇めるベンチなど、様々な用途が組み合わされている。

展示風景より、「フィッシャー邸」

ミース幻の建築が実寸大で登場

 展示は2階にも続く。ここが無料エリアとなっていることは特筆すべきだろう。

 天井高8メートルを誇る企画展示室2Eでは、ミース・ファン・デル・ローエの「ロー・ハウス」プロジェクトがクラウドファンディングによって原寸大で再現された。同作は、ミースが1930年代から構想していた中庭のある住宅(コートハウス)のひとつで、これまでは図面でしか知られてこなかった。それを実寸大で実現した初の試みだ。

ミース・ファン・デル・ローエ「ロー・ハウス」の実寸大
ミース・ファン・デル・ローエ「ロー・ハウス」の実寸大
ミース・ファン・デル・ローエ「ロー・ハウス」の実寸大

 空間の内部にはミースの名作「バルセロナ・チェア」をはじめとする家具も配置されており、一部は実際に座ることもできる。中庭の空間は6分30秒周期で照明が刻々と変化し、24時間の光の変化を擬似的に体験することも可能だ。

 岸は「100年近く経って、ミースの弟子になれた。巨匠の考えを想像しながらつくるのは喜び以外の何物でもない」と、本プロジェクトに関わった喜びを語っている。来館者はミースの巨大模型の中に入り込むことで、その思想に触れるような貴重な体験ができるだろう。

ミース・ファン・デル・ローエ「ロー・ハウス」の実寸大
2階の会場では、カッシーナやB&B、カールハンセンといった様々な家具メーカーによる企業ブースも展開