歴史との関わりをどう展示するか。ダニエル・アビー評「石岡瑛子 血が、汗が、涙がデザインできるか」展
東京都現代美術館で開催され、話題を呼んだアートディレクター・デザイナーの石岡瑛子(1938〜2012)の個展。本展について、写真研究者のダニエル・アビーが「形(form)」をキーワードに論じる。
肉体を持った形:神殿としての石岡瑛子展
平日の昼間に東京都現代美術館で開催された石岡瑛子の回顧展「石岡瑛子 血が、汗が、涙がデザインできるか」に行った際には、大勢の人がいたにもかかわらず奇妙な、言ってみれば礼拝的な沈黙が会場に広がっていた。石岡は多くの領域にまたがって活躍した巨大な存在だからこそ、この展示はある意味その人物を崇拝する場になっていた。
展覧会冒頭のいちばん広い展示室「Timeless:時代をデザインする」に展示されていたのが、石岡の初期のデザインの仕事だ。主にポスターだが、たまたま平面という形態を取った「時代を震わせたアイデア」と言ったほうが適切だろう。例えばパルコの画期的な広告に見られるのは、大胆な構図のイメージだけではなく「ファッションだって真似だけじゃダメなんだ。」というコピー 。発表された1970年代を超えて、現在でも筋が通ったアイデアと言っていい。ファッションはたんなる「形(form)」ではなく、一人ひとりのアイデンティティそのものを形成するものだ。否応なしに我々は、石岡がつくったこの文脈上に生きている。だから石岡は「Timeless」な存在とも考えられるし、石岡の前に立つと唖然としてそれを受け止めるしかないのだろう。
石岡瑛子の鋭い「形」のデザインには無限の説得力がある。一瞬でも角川文庫の広告を見れば、私もどこかの砂丘の上で綺麗に年季の入った本が読みたい!という欲望がすぐに湧いてくる。 そしてその反応のスピードこそが、どこか恐ろしい気持ちにもさせる。その後、石岡の作品は平面を超えて、印象的なコスチュームデザインにまで到達する。この展覧会では彼女の作品を包括的に紹介しているが、本稿では、そのすべての形式の作品を取り上げるわけではなく、恐ろしい力を持っているその「形」を支えるものについて考えたい。そこには鋭い形態だけではなく、れっきとした「内容」もあるからだ。
本展のタイトルが示すように、「血」と「汗」と「涙」、つまり個人の肉体こそがそれである。説得力のあふれる「形」の裏にはまず、ひとりの過酷な戦いが潜んでいると、石岡も、この展覧会も訴える。確かにそうかもしれない。だがそれはどういう意味なのだろうか。そして、ひとりの肉体をどこまで崇拝すればいいのだろうか。奇妙なことに、展覧会場のどこに立っても、石岡自身の声が漂ってきた。「大変な戦場で戦って生き延びたって感じね」といった主張などが耳に入る。ここが戦士に捧げられた神殿のような気持ちがしてこなくもない。
途中で「戦場の仲間」として登場する人物が、ドイツの映画監督、レニ・リーフェンシュタールである。リーフェンシュタールの代表作『意志の勝利』(1935)は、ナチ政権との非常に密接な関係のなかでつくられた映画で、ヒトラー本人が神様のように登場し、25万人もが参加したニュルンベルクでのナチ党第6回全国党大会(1934、*1)の様子を描く。この大会は6日間にわたって行われ、撮影を前提につくられた面もあると考えられる。リーフェンシュタールは大会の制作段階から関わったとされる(*2)。
石岡が1970年前半にニューヨークに行ったときに、ある本屋でリーフェンシュタールの写真集『NUBA』(1973)と出会う。そしてリーフェンシュタールを日本の雑誌で紹介し、2つの個展を開くことにまでなった。これは彼女の活動を「美化」するためであったのではないか。石岡がリーフェンシュタールに見たのは、自身と同じような「形」に対する頑固な態度であった。そして何より自身と同じように「肉体」で生きた作家として彼女を認めたのだ。日本をリードしてきたデザイナーが晩年のリーフェンシュタールを復活させたことは、非常に興味深い出来事で、石岡の回顧展としては無視できない側面である。
ただ本展は、石岡のリーフェンシュタールへの優しすぎる眼差しをそのまま再現しているようだった。つまりこの展覧会も、リーフェンシュタールの美化の加担者と言えるのだ。展覧会解説によれば「女性の表現者としての共感を強めながらも、石岡はこの仕事の中で、レニが戦後繰り返した、ナチスの協力者という汚名に対する名誉回復裁判の資料などを集め、彼女の過去に向き合う」(*3)。そもそも「レニ」という呼称は観客にとって親しみやすさを生み出してしまう不適切なものだ。そしてリーフェンシュタールのことを知らない人に対する「汚名」を着せられた理由の説明は、極めて間接的なものだ。「ナチス党大会やベルリンオリンピックの記録映画で知られる」(*4)と紹介されているが、ほとんど文脈なしに、ナチ政権の第一作家を紹介してあるわけだ。しかも、リーフェンシュタールの隣がマイルス・デイヴィスという配置は乱暴だ。
上記のテキストには「女性の表現者としての共感」とあるが、石岡がリーフェンシュタールを認めたのは、リーフェンシュタールの「非女性的」な部分である。石岡が手掛けた日本版『NUBA』に寄せた文章にはこのように書いてある。「正直言って、はじめレニの写真集を手にした時、私はこんなすごい写真を撮る男はいったい誰だろうと思った。それまで見てきた女性の写真家たち特有の生理的なベタつきや理屈っぽさが、どこにも見あたらず」(*5)。
石岡は、リーフェンシュタールの過去について知らないはずがない。1970年代当時にも、再び世界的な注目を浴びたリーフェンシュタールに対する批判があった。もっとも鋭く論じたのがアメリカ人の批評家、スーザン・ソンタグである。ソンタグは、徹底的なリサーチによってリーフェンシュタールのナチ政権との密接な関係だけでなく、『NUBA』の美学がいかに1930年代のナチ政権プロパガンダの延長線上にあるものかを分析する。そこで一貫して語られるものこそ、ほかならぬ「肉体的な戦い」だ。この論文に対する石岡の反応は「ユダヤ人のスーザン・ソンタグのようにその批判の論点が感情的すぎて」(*6)というものだった。リーフェンシュタールに対する嫌悪を抱くのは決してユダヤ人だけではないはずなのに「これは、同じユダヤ人の芸術家たちのひんしゅくまで買っている」(*7)とも言っている。
現在でもまだ重要性がある、ソンタグが1974年に書いた言葉を借りよう。ソンタグの分析によれば、リーフェンシュタールは形だけ再評価されているが、その形の裏により重大なものが潜んでいる。「歴史的にものを見る眼を欠くと、こういう分かったふうな意見は、もろもろの破壊的な感情をうたいあげるプロパガンダを──その感情の意味合いを真剣に考えてみることをしないで──奇妙にすんなりを受け容れてしまう道を開くことにつながってしまう」(*8)。
世界的な白人至上主義のもと、黒人やアジア人に対する暴力行為が行われるこの2021年には、まさに「破壊的な感情」が存在している。『意志の勝利』はヘイト表現であるという理由ですでにYouTubeから消されており(*9)、ベルリンでは昨年8月にリーフェンシュタールの映画のタイトルをそのまま借りた「自由の日」を名乗る、極右を含む1万人以上のデモもあった。この状況のただなかで、美術館であっても、無責任に「形」の祭壇で歴史を生け贄に捧げることはしてはならない。いかに巨大な個人がいても、そのひとりの「血」と「汗」と「涙」が文脈にはならない。「形」も個人も「Timeless」になるわけではないのだ。否応なく、歴史はいつも付いてくるからである。
*1──スティーヴン・バック『レニ・リーフェンシュタールの嘘と真実』野中邦子訳、清流出版、2009年、218頁。
*2──同書、215頁。
*3──「石岡瑛子 血が、汗が、涙がデザインできるか」展覧会解説より
*4──同上
*5──石岡瑛子「わが心のスーパースター」、レニ・リーフェンシュタール『NUBA ヌバ』(PARCO view7)、PARCO出版、1980年、211頁。展覧会ステートメントには石岡の広告は「人種や性別」を越えたと書かれていたが、ただ黒人女性のモデルを使っても、それだけでは実際の差別の解消を促すわけではない。黒人や極めてエキゾチックな女性像は、対象がただ消費化されたということにすぎない。
*6──同書、213頁。
*7──同上
*8──スーザン・ソンタグ「ファシズムの魅力」、『土星の徴しの下に』富山太佳夫訳、みすず書房、2007年、108頁。
*9──https://www.artforum.com/news/triumph-of-the-will-pulled-from-youtube-as-platform-cracks-down-on-extremism-80074(2021年5月12日最終閲覧)
〈参考文献〉ライナー・ローター『レーニ・リーフェンシュタール 美の誘惑者』瀬川裕司訳、青土社、2002年