ハウザー&ワースはなぜ様々な社会的実践に注力するのか?
世界中に20以上の展示スペースとアートセンターを運営し、アート業界において絶大な影響力を持っているハウザー&ワース。ラーニングや出版、持続可能性といった領域での実践は同ギャラリーにとってどのような意味をもつのだろうか? 共同設立者であるアイワン・ワースとマニュエラ・ワース、そしてパートナーで社長のマーク・パイヨに話を聞いた。
「自分たちの行動にポジティブな足跡を残そうとしている」と、ハウザー&ワースの共同設立者であるアイワン・ワースはそう語る。
世界中に20以上の展示スペースとアートセンターを持つハウザー&ワースは、アート業界において絶大な影響力を持っているに違いない。ギャラリーの創設者たちにとって、この影響力はより大きな責任をも意味する。
作品の展示販売やアーティストのマネージメントといった通常のギャラリー業務に加え、同ギャラリーはサマセット(英国)、ロサンゼルス(米国)、メノルカ(スペイン)の3ヶ所でアートセンターを運営。これらのアートセンターは、来場者に無料で開放しているほか、地元の学校や団体と協力して美術教育活動にも積極的に取り組んでいる。
また、1992年の設立前から出版プロジェクトを行っているほか、ハウザー&ワースは世界で唯一、エンバイロンメンタル・サステイナビリティ部門を設置したギャラリーであり、持続可能性に対するコミットメントを示している。
これらの活動や実践がギャラリーにとってどのような意味をもつのだろうか? アート界を牽引するギャラリーの社会的責任とはなんだろうか? 香港の新しいスペースのオープニングに際してその地を訪れたハウザー&ワースの共同設立者であるアイワン・ワースとマニュエラ・ワース、そしてパートナーで社長のマーク・パイヨに話を聞いた。
また、今年は同ギャラリー所属のアーティスト、ルイーズ・ブルジョワと松谷武判がそれぞれ東京の森美術館と東京オペラシティ アートギャラリーで個展を開催。これを機に代表の3人に日本のアートシーンについて話を聞き、アジアにアートセンターを設立する構想も明らかにされた。
アートの生態系に活気を与える取り組み
──まず、ハウザー&ワースの「アートセンター」について伺います。ハウザー&ワースは、サマセット、ロサンゼルス、メノルカでアートセンターを運営しています。これはコマーシャルギャラリーにとって普通のことではないと思いますが、なぜアートセンターを開こうと思われたのですか?
マーク・パイヨ(以下、パイヨ) 最初はアイワンとマニュエラ・ワースがイギリスに移住し、サマセットに家を構えたとき、すべてが非常に自然な流れで始まりました。ブルトンにあるギャラリーの周りでは文化が不足していると感じ、それに対処する必要性が明白だったのです。最初に始まったのは教育プログラムでした。その後、イギリス人は庭園に夢中なので、ピエト・オードルフの庭園もつくりました。人々がここに足を運ぶなら、何か食べる場所も必要でしょう。そこで私たちはロス・バー&グリルをつくりました。ですので、アートやそれに興味を持つ人々が集まり、参加できる場所を持ちたいという情熱のもとに、このアートセンターは非常にオーガニックなかたちで生まれました。
アイワン・ワース(以下、アイワン) 私たちのアプローチは、まず直感にしたがって進み、そしてそれを戦略で裏付けるというかたちです。アートセンターも計画されたものではなく、直感の成果でした。現在、アートセンターは原則に基づいて運営されています。核となる原則のひとつは、「アートには変革の力があると信じている」ということです。また、アクセスが重要だとも考えており、そこから学びが生まれ、またアートと生活が密接につながっているとも考えています。これがサマセットの本質です。
マニュエラ・ワース(以下、マニュエラ) ハウザー&ワース・サマセットは、地元の約50の学校と協力し、美術教師を招待して私たちの展示プログラムについて紹介してもらっています。彼らは子供たちと一緒にやってきて、子供たちは親と夕食をするときにその話をし、親と一緒にこの場所に来てくれる。その結果、親にとってはここが初めての現代美術展になるかもしれないのです。
──ロサンゼルスとメノルカのアートセンターはどうですか?
アイワン サマセットがベースとなり、ほかのアートセンターも生まれました。ロサンゼルスはサマセットの都市版で、メノルカはユートピアのような島に位置しています。場所は異なりますが、私たちのアプローチは変わりません。地元のコミュニティに関与し、既存の構造に焦点を当てます。そしてアーティストやキュレーターも私たちの活動の一環となります。
──ラーニングもこれらのアートセンターにおいて重要な一環ですね。
アイワン 私たちは、約10年前にサマセットでラーニングプログラムを本気になって立ち上げました。マニュエラは教師としての経験もありますので、それはまるでひとつの循環のようです。
マニュエラ 私たちは小さなチームで、世界全体で8人のスタッフしかいないのですが、世界中の約60の組織とパートナーシップを結んでいます。そしてラーニング部門では、マーク・ブラッドフォードが新しい学習イニシアチブを始動した重要なアーティストです。
パイヨ 彼は最近のニューヨークの個展で、ラーニング部門と協力して、「カルチャー・フォー・ワン」と呼ばれる、ニューヨークを拠点とする養子縁組の団体と提携しました。約8〜9人の青少年たちがマークとともにその作品について3、4日間学び、マークは彼らの人生についても学びました。その交流を通じて、彼らはマークの作品について話す勇気を得ることができ、展覧会期間中にギャラリーでガイドツアーをしたり、来場者の質問に答えたりしたのです。彼らの人生を変え、異なる考え方をもたらす経験となったでしょう。彼らのひとりがギャラリーに戻ってきて、「ここは私の第二の故郷だ」と言ってくれました。
アイワン 美術教育は非常にトップダウンになりがちですが、マークがそれを変えたのです。彼は私たちに別の視点から見ることを教えてくれました。そして、それがマニュエラや彼女のチームを刺激して、学習プログラムを完全に改革することにつながりました。
──ハウザー&ワースは出版プロジェクトにも積極的に取り組んでいます。なぜ出版がギャラリーにとって重要なのでしょうか?
アイワン じつは、ギャラリー設立(1992年)以前から出版事業は行っているのです。本はアーティストの創造性の表現であり、民主的なツールです。本を出版することは、アートを人々にアクセスしやすくすることです。アーティストの作品を文脈のなかに置き、作家を招いてそれについて書いてもらうことは重要です。多くの人は、本を通してアートについて学び始めるでしょうから。
パイヨ 本は究極のラーニングツールでもありますね。その延長線上に私たちの雑誌『Ursula』があり、それも文化へのアクセスを提供しています。
アイワン 私たちはまた、雑誌『ArtReview』と協力してライターズ・レジデンスを立ち上げています。本をつくることで、アカデミックな批評家コミュニティを生み出すことができ、それがアート界のエコシステムに活気を与え続けるのです。
あらゆるレベルに及ぶ持続可能性
──ハウザー&ワースは、非営利団体「Gallery Climate Coalition(GCC)」の創設メンバーでもあります。ギャラリーが持続可能性にコミットし、実践する意義はなんですか?
アイワン 私たちは、アート業界が組織化される必要があると考えています。持続可能性についてGCCはアート業界のなかで、もっとも効果的で、真剣に議論し、提案をしている唯一の団体です。私たちは最初の、そして現在に至るまで唯一のギャラリーとして、常勤のサステイナビリティ・ディレクターを擁しています(編集部注:サステイナビリティ部門責任者クリオーナ・マーフィーのインタビューはこちら)。彼女はロジスティクスに精通していますし、組織全体で二酸化炭素排出量を削減する方法を熟知しています。
従来、展覧会を計画するとき、アーティストのアイデア、ロジスティクス・チーム、そしてマーケティング・プランなど、様々なことが巻き込まれます。私たちは展覧会の企画と並行して、二酸化炭素排出量の削減についてアーティストと話し合いながら計画を立てています。
パイヨ 私たちは、2030年までに二酸化炭素排出量を半分に減らすという目標も設定しています。ミカ・ロッテンベルクの場合、持続可能性とそれについての学習は彼女の活動における非常に重要な部分ですね。
アイワン 彼女は作品を空輸することを拒否しています。これは簡単なことのように聞こえますが、実際には急進的なことで、すべてを複雑にし遅らせることになります。私たちはつねにアーティストから学んでいるのです。
──ギャラリーの事業運営とサステナビリティのバランスをどのように取っていますか?