2024.11.9

内藤礼作品と民藝、そして「土徳」を感じる富山の旅へ

富山・砺波平野に広がる農村景観「散居村」。ここにある2つのアートな宿泊施設「杜人舎」と「楽土庵」で、民藝と現代美術を楽しむ旅に出かけてみよう。

文=橋爪勇介(ウェブ版「美術手帖」編集長)

内藤礼 返礼 Giving Back / Reconnaissance 2023 Photo by Nik van der Giesen
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散居村に新たな風を

 敷地の南西側に「カイニョ」と呼ばれる屋敷林を有し、東向きに立つ伝統家屋「アズマダチ」の建築が特徴的な富山県・砺波平野の「散居村」(広い耕作地に民家が点在する集落形態)。16世紀頃から約500年の歳月をかけて形成されたこの風景を維持しようとする動きがある。

 220キロ平米もの広大な土地に、20年ほど前まではおよそ2500棟あったアズマダチ。カイニョは防風林であるとともに、建材として利用されたり、道具に加工されるほど重宝され、自給自足の生活が可能なサステナビリティがあった。

砺波平野の「散居村」

 砺波には「高(土地)は売ってもカイニョは売るな」という言葉が伝わるほどその存在は重要視されてきたが、時代の変化とともにカイニョを持つアズマダチの数は800棟まで減少している。アズマダチの特徴である太い曲がり梁の材木はいまでは入手が困難であり、一度なくなれば再建は難しい。

 こうした状況に危機感を覚え、その風景と文化を残しつつ、地域を活性化する活動を続けているのが2019年に設立された一般社団法人 富山県西部観光社「水と匠」だ。「水と匠」は「富山の土徳(どとく)を伝える」をコンセプトに掲げ、2つのアートホテル「楽土庵(らくどあん)」(砺波市)と「善徳寺 杜人舎(ぜんとくじ もりとしゃ)」(南砺市)を運営。この土地に新たな風を吹かそうとしている。

楽土庵
善徳寺 杜人舎

「土徳」とは何か?

 ではそもそも「土徳」とは何か? 富山県西部・砺波地方は、世界的に知られる板画家・棟方志功が戦中前後、疎開をきっかけに約7年ものあいだ暮らし、多くの作品を残した場所。その棟方を訪ねて民藝運動の創設者である柳宗悦もこの地を訪れ、民藝思想の典拠である「美の法門」を書き上げた。「土徳」は柳が名づけたとされる言葉で、この地に伝わってきた。

 土徳とは、厳しくも豊かな環境のなかで、人々が自然と一緒につくりあげてきた土地の精神風土のことを指す。上述の散居村は、まさにそれを象徴する存在だ。

棟方志功が疎開していた光徳寺。棟方の足跡がいまも残る。これは棟方作「蓮如上人の柵」を彫った石碑
光徳寺には世界の民藝が収集・展示されている
光徳寺には世界の民藝が収集・展示されている
善徳寺に残る「美の法門」石碑

内藤礼と民藝に囲まれる「楽土庵」

 この「土徳」をコンセプトに、22年10月にオープンしたアートホテル「楽土庵」は、旅する人への癒しと地域の再生に寄与する「リジェネラティブ(再生)・ツーリズム」を推進する1日3組限定のスモール・ラグジュアリーな宿。宿泊料金の2パーセントが散居村の保村活動の基金に充てられるということもあり、その活動に賛同する海外からの富裕層も宿泊するという。

楽土庵内部

 アズマダチの伝統的な民家を活用した建築にはそれだけでも見応えがあるが、個性が光る3つの客室はさらに多くの宿泊客を惹きつけている。

 ハタノワタルによる手漉き和紙を壁と天井一面に施した「紙」の部屋、壁と天井が節のある地元の絹織物「しけ絹」で覆われた「絹」の部屋、そして林友子が敷地内の土を採取して制作したコミッションワークを設置した「土」の部屋。各部屋がまったく異なる雰囲気を有しており、置かれている家具・作品も異なる。そのため、部屋を変えて泊まるリピーターも多いという。

「紙」の部屋
「紙」の部屋
「絹」の部屋
「絹」の部屋
「土」の部屋
「土」の部屋

 民藝の考えを再解釈して集められた工芸やアート作品で彩られているこの楽土庵。開業当初から内藤礼のドローイング作品《color beginning》(2021)と彫刻作品《ひと》が常設されているが、これに加えて新作が設置された。それが「返礼」だ。

 本作は、水路《タマ/アニマ(わたしに息を吹きかけてください)》とその周囲の庭が一体となったインスタレーション。《タマ/アニマ(わたしに息を吹きかけてください)》はステンレススチールの細い水路に水が張られており、そこに鑑賞者が息を吹きかけることで波が立ち、水面が揺れる。その先には散居村が広がっており、作品が鑑賞者と風景を媒介する役割を持つ。

内藤礼 返礼 Giving Back / Reconnaissance 2023
Photo by Nik van der Giesen

 庭も作為を極力抑え、西洋芝ではなく日本の野芝を使用。季節の変化を楽しめるような工夫がなされている。

 当初からここのために作品をつくるため、内藤は工事前から何度も足を運び、作品の構想を練ってきたという。実際に足を運び、自らの息を吹きかけることで、この作品の意味が実感できるだろう。

内藤礼 返礼 Giving Back / Reconnaissance 2023
Photo by Nik van der Giesen
内藤礼 返礼 Giving Back / Reconnaissance 2023
Photo by Nik van der Giesen

550年の歴史を紡ぐ「善徳寺 杜人舎」

 もうひとつの「土徳」を感じるアートホテルは、550年の歴史を持つ名刹・城端別院善徳寺の敷地内に2024年3月にオープンした「善徳寺 杜人舎」だ。

 城端別院善徳寺は北陸における浄土真宗信仰の中心寺院。民藝運動の創始者・柳宗悦が晩年に62日間滞在し、民藝思想の集大成となる論文『美の法門』を執筆した場所でもある。

城端別院善徳寺
城端別院善徳寺には見事な透かし彫りの井波彫刻が残る
杜人舎の外門

 「杜人舎」のもとの建築は、柳の愛弟子であり富山の木工家・建築家で、富山市民芸館の設立にも尽力した安川慶一が設計した善徳寺内の研修道場。近年は使われないまま放置されていたが、「水と匠」が後世に残すべく改修に名乗り出た。改修設計は、富山出身の建築家でteamLab Architectsパートナーの浜田晶則率いる浜田晶則建築設計事務所が手がけた。オリジナルの空間が持つ良さを生かしつつ、インフラは最新のものにアップデート。研修・宿泊のほかにも様々な活動ができるよう設計されている。

 湾曲した屋根瓦が特徴的な外門をくぐり、敷地内へ進む。芹沢銈介の作品に迎えられる玄関から、すでにゆったりとした雰囲気が感じられるだろう。

杜人舎
茶室のような1階の談話室

 1階の巨大な部屋には、柳宗悦がデザインした松本民芸家具のローテーブルが並ぶ。ここは仏教や民藝に関する講座などを開催する講堂でもあり、地域の人が気軽に利用できるカフェとしても利用される。隣接する工芸作品を扱うショップでは地元作家の作品や各地の民藝品も購入可能だ。

1階の講堂
1階のショップには地元作家の作品も並ぶ。ぜひお土産に
1階廊下

 2階は長期滞在も可能な全6室(ツイン5室、トリプル1室)の宿泊施設。客室には、それぞれ棟方志功や浜田庄司、河井寛次郎といった民藝作家や全世界の民藝品が展示され、民藝を身近に感じ、学び、交流し、滞在することができる。まさに泊まれる民藝館だ。

客室
客室
杜人舎の朝食

 杜人舎に夕食はついていないが、これはあえて宿と食を分離することで、地域活性化を促進するという取り組みの一環だ。また宿泊者は善徳寺の特別拝観ツアーにも参加可能。約1万点もの寺宝を有する広大な寺内には、狩野派による襖絵や柳宗悦が逗留した部屋、そして「美の法門」の石碑などがあり、存分に城端の文化を感じられるだろう。

善徳寺の本堂
善徳寺の台所
柳宗悦が逗留した部屋
豪華な襖絵も健在

 水と匠は、今後も散居村の維持再生などに引き続き取り組む姿勢を見せる。活動に共感する投資家から協力を願い出る声もあるという。代表の林口は、「私たちの活動はあくまできっかけづくりであり、最終的には地域の方々にこの地域の価値に気づいてもらうことが目的。土地の文化を未来に残すモチベーションにもつながる」と今後の展望を語る。

 富山だけでなく、それぞれの地域にあるはずの土徳。2つの施設は、それを考えるきっかけとなる体験を提供してくれる場所だ。