2024.10.10

「GUCCI COSMOS」を美術館で開催する意義とは? キュレーター マリア・ルイーザ・フリーザが語る

上海、ロンドンを経て、京都市京セラ美術館で幕を開けたグッチの世界巡回展「GUCCI COSMOS」。同展を上海展からすべてキュレーションしてきたマリア・ルイーザ・フリーザに、京都ならではのこだわり、そして京都市京セラ美術館で開催する意義を聞いた。

聞き手・文=橋爪勇介(ウェブ版「美術手帖」編集長) 展示風景撮影=来田猛

「GUCCI COSMOS」のキュレーションを担ったマリア・ルイーザ・フリーザ Courtesy of Gucci
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グッチという「COSMOS(宇宙)」

──最初に大きな質問をさせていただきます。あなたにとって「グッチ」とはどのような存在ですか?

 世界中のファッション界でもカリスマ性あるブランドのひとつだと言えるでしょう。100年以上にわたる歴史によって、多くの世代に足跡を残し、生活スタイルにも影響を与えてきたと思うのです。私の母も小さなバンブー バッグを持っていましたからね。いまでも覚えていますが、私が若い頃にグッチのフローラのスカーフをもらって、それを着用することで多くの世代に認められた気がしました。「バンブー」も「フローラ」もそうですが、「これがグッチだと」認識しやすいアイコンを持っているということが非常に重要だと思います。

展示エントランス
ここから展覧会がスタートする

──この「GUCCI COSMOS」は上海からスタートしました。この展覧会をキュレーションするとなったとき、まず最初に決めたコンセプトはなんですか? 

 最初、この展覧会のキュレーションを打診されたときは、グッチの歴史の全体像を語ってほしいというリクエストがあったのです。そのオリジンから現在までね。出品作は、フィレンツェにあるパラッツォ・セッティマンニに収蔵されているグッチのアーカイヴから選んでいます。私はこのアーカイヴのことを以前からよく知っていますが、見るたびに新しい発見があるのです。それは時代によっても変わるし、またそのときの自分の状態によっても変わります。

「TIME MAZE 時の迷宮」の展示風景より

 「GUCCI COSMOS」は上海、ロンドン、そして京都で同じ名を冠していますが、じつはその内容は違っています。例えば上海の場合は、会場が工業地帯を再開発した場所に立つ「ウエストバンド・アートセンター(西岸芸術中心)」であり、とても巨大なボリュームを持つ場所でしたから、その建築的な構造も考慮しなければいけなかった。ロンドンでの場合は、ロンドンへのオマージュという意味合いが非常に強く、ハリー・スタイルズが着用した衣装なども展示したのです。

 すべての会場デザインを手がけているアーティストのエス・デヴリンとともに、初めてこの京都市京セラ美術館に来たとき、とても感銘を受けました。京都には、西洋からの愛情表現があります。出品作のひとつであるトム・フォードの「キモノドレス」などはその象徴ですね。あれは西洋から見た日本文化へのオマージュであり、今回のひとつの特徴でもあると思います。

「ECHOES クリエイティビティの系譜」の展示風景より
「ECHOES クリエイティビティの系譜」の展示風景より、左がトム・フォードによるキモノドレス

──「GUCCI COSMOS」という言葉が示すものはなんでしょうか? 

 グッチのような大きなブランドの場合、それはひとつの「COSMOS(宇宙)」のようなものだと言えます。宇宙には様々な銀河や星座があるように、グッチの歴史を紡いできたクリエイティブ・ディレクターたちは、それぞれがひとつの星座や銀河のようだととらえることもできますね。そして「バンブー」や「フローラ」「GG(パターン)」などグッチに欠かせないアイコニックなモチーフも、それぞれが惑星だととらえられるでしょう。そうした惑星、星座、銀河などがお互いに関係をつくりあげるように、グッチという巨大な宇宙を構成しているのです。

 宇宙はつねに動いています。それはグッチも同じことだと言えるでしょう。

「TIME MAZE 時の迷宮」の展示風景より
「TIME MAZE 時の迷宮」の展示風景より

──今回の「GUCCI COSMOS」は、サバト・デ・サルノがクリエイティブ・ディレクターに就任してから初めての開催です。彼とはどのような対話があったのでしょうか?

 天文学者が新しい星を発見すると宇宙の地図が変わるように、新しいクリエイティブ・ディレクターが入ることでブランドには新たな視点が生まれます。それもまた興味深い点ですね。

 サバトは夢や愛、イタリアンテイストなどをデザインに取り込んでおり、グッチの伝統とサバトならではのロマンチシズムがうまくマッチしています。私が理解しようとしたのはサバトのクリエイティブ・ディレクターとしての視点のみならず、彼がグッチのアーカイヴをどのように探索したいのかという点です。

「ZOETROPE 乗馬の世界」の展示風景より
「ZOETROPE 乗馬の世界」の展示風景より
「RED THREADS グッチの絆」の展示風景より
「RED THREADS グッチの絆」の展示風景より、手前上段が京都・西陣織の老舗「HOSOO」とコラボレーションしたバンブー バッグ

京都らしさを体現する要素

──「BAMBOO」のセクションでは、グッチのアイコンである「グッチ バンブー 1947」が日本のアーティストたちによってアップデートされた作品が並びます。こうしたコラボレーションの意義について教えてください。

「BAMBOO バンブーの世界」の展示風景より、横山奈美と森山大道による「グッチ バンブー 1947」。奥が井上流光《藪》(1940)

 まず素晴らしいことだと思います。いまの時代、ファッションとアートは互いに直接的な協力関係を築くというケースが当たり前のことになってきています。ファッションもアートも、それぞれがひとつのシステムとして存在していると思いますが、互いに相手を見ながら、平行に進んでいくような関係ですね。だからいま、クリエイティブ・ディレクターが好きなアーティストとコラボレーションするのは自然な流れでしょう。

 サバト自身もアートが大好きであり、アーティストたちが「グッチ バンブー 1947」のうえにどのような世界をつくり上げるかは興味深いチャレンジでした。グッチとアーティストたちがお互いを尊重しながら挑戦する、素晴らしい機会となったと思います。

 そして今回、私たちがこの展覧会で京都とグッチのあいだにある深い関係性を称揚したいと思ったことも大きいですね。京都はグッチが誕生したイタリアのフィレンツェと姉妹都市でもあり、その関係を「BAMBOO」の部屋などに宿したかったのです。京都もフィレンツェも歴史的な都市であり、このような機会に恵まれたことを嬉しく思っています。

「BAMBOO バンブーの世界」の展示風景より

──加えて、今回の展覧会で非常に象徴的なのは、京都市京セラ美術館のコレクションとのコラボレーションだと思います。

 私はもともとフィレンツェで美術史を専攻しており、ルネサンスも現代美術も大好きなのです。だから、私にとって美術館の中でファッションの展覧会をキュレーションするというのは特別な経験だと感じています。

 私が初めてこの美術館を訪れたとき、そのコレクションを見せていただく機会に恵まれました。本当に素晴らしいクオリティーで、大変感激したことを覚えています。作品の繊細さに心打たれ、すぐに美術館の方に、「展覧会の中にコレクションの一部を使わせてください」とお願いをしたのです。

「LEISURE LEGACY ライフスタイル讃歌」の展示風景より

 それは「LEISURE LEGACY ライフスタイル讃歌」というセクションに結実しています。例えばゴルフをする若い女性をモチーフにした丹羽阿樹子の《ゴルフ》(昭和初期)や、海辺で休む女性を描いた中村研一の《瀬戸内海》(1935)、そしてグッチの馬具とも接続するような素晴らしい馬を描いた菊池契月の《紫騮》(1942)などです。それらをグッチのレジャーグッズと組み合わせて展示するということは、とても自然な選択となったのです。

「LEISURE LEGACY ライフスタイル讃歌」の展示風景より、右が丹羽阿樹子《ゴルフ》(昭和初期)
「LEISURE LEGACY ライフスタイル讃歌」の展示風景より、奥が菊池契月《紫騮》(1942)

──では最後の質問です。ファッションの展覧会を美術館という公的な場で行うことに、どのような意義があると考えますか?

 本当はその質問だけで1時間くらいお話したいのですが、短くしますね(笑)。こうした展覧会を公共の美術館、つまりコミュニティに属する場所で行うことはとても重要なことだと思います。公的な美術館にファッションが入っていくということは、現代の文化として認められるという意味で重要だと思います。

 とある有名なキュレーターの言葉ですが、ファッションと芸術の差異や似ているところを言ってもそれはあまり意味がなく、ともにビジュアルカルチャーの地平を共有しているのです。それが、こうしたファッションの展覧会を美術館で開催できることにつながっているのだと私は思います。

最後の部屋には象徴的な一筋の光が輝く