「岡本秋暉 百花百鳥に挑んだ江戸の絵師 ―摘水軒コレクションを中心に」「江戸絵画縦横無尽!摘水軒コレクション名品展」(千葉市美術館)開幕レポート
千葉市美術館で「岡本秋暉 百花百鳥に挑んだ江戸の絵師 ―摘水軒コレクションを中心に」と「江戸絵画縦横無尽!摘水軒コレクション名品展」が同時開幕した。会期はともに8月25日まで。
千葉市美術館で「岡本秋暉 百花百鳥に挑んだ江戸の絵師 ―摘水軒コレクションを中心に」と「江戸絵画縦横無尽!摘水軒コレクション名品展」が同時開幕した。会期はともに8月25日まで。
江戸時代、柏村(現在の柏市)の名主を務め、水戸街道沿いに文化サロンとなった居宅「摘水軒」を設けたことで知られる寺嶋家。同家をルーツに持つ摘水軒記念文化振興財団は、岩佐又兵衛をはじめ肉筆浮世絵や伊藤若冲らの花鳥・動物画を核とするコレクションを所有する。今回、千葉市美術館で開幕したふたつの展覧会は、このコレクションを軸に構成されるものだ。
「岡本秋暉 百花百鳥に挑んだ江戸の絵師 ―摘水軒コレクションを中心に」レポート
「岡本秋暉 百花百鳥に挑んだ江戸の絵師 ―摘水軒コレクションを中心に」は、同コレクションの中核を成す、江戸後期の画人・岡本秋暉を取り上げている。その生い立ちからの画業を通覧する18年ぶりの回顧展となっている。
岡本秋暉は1807年、彫金家・石黒家の次男として生まれた。南蘋派の大西圭斎に画を学び、20代にはすでに絵師として活躍。そのいっぽうで小田原藩・大久保家に仕える藩士として、見回り役を務めながら精力的に制作を続けた。その驚異的な技巧で繊細に描き出す鳥の図は、同時代人たちの評判を集めたという。
展覧会は4章構成で秋暉の画業を追う。第1章「若き日の秋暉─画業の始まり」では、画業の初期に位置づけられる作品を紹介することで、秋暉の若き日の動向を、師・圭斎や実父・政美の作品とともにたどる。
本章で注目したいのは、秋暉が25歳のときの作品《孔雀図》だろう。晩年に至るまで秋暉は孔雀を描きつづけたが、本作の描法や色使いは後年の作よりも柔和だ。いっぽうで孔雀の足下のたんぽぽはシャープな輪郭で描かれており、後年の作風の萌芽も見て取れるという。
第2章「小田原藩士として──二宮尊徳像と藩主御殿杉戸絵」は、小田原潜主・大久保家に仕えた秋暉の、藩のために筆をとった仕事や藩にゆかりのある作品を紹介する。
《孔雀図》《桑に鳥図》《鯉図》《梅図》は小田原城の藩主御殿である、二の丸御屋形の正面玄関を飾ったと伝わる杉戸絵だ。自身が得意とした孔雀と鯉という画題が選ばれており、その実力を遺憾なく発揮した誇りある仕事の跡がうかがえる。
また、教科書などでも見ることができる農村復興の指導者、二営尊徳の肖像画も秋暉が手がけたものだ。尊徳の信奉者によって依頼されたという本作は、花鳥図を中心に描いた秋暉の手がけた数少ない肖像画のひとつだ。
第3章「花鳥画家 秋暉──技巧の洗練と交友」 では、秋暉の画業がピークを迎える40代の作品を中心に、花鳥画の優品を集めて紹介している。
精緻で端麗な花鳥画で知られる秋暉だが、そこには小鳥店に通い詰めて鳥の姿を何枚も描き移すなど、観察と写生を繰り返すことでその技術を高めていった。会場では孔雀だけでなく鶏や鷹といった様々な鳥を描いた作品を展示。羽の造形やくちばし、爪といった質感を堪能してほしい。
また、秋暉の孔雀図は金混や群青や緑青といった高価な画材を用いた豪華な仕上げが特徴的だ。なかでも1853年に描かれた《孔雀図》は最高峰ともいえる作品であり、とくに羽の緻密さは円熟期の秋暉のもてる技術が最大限投入されているといえる。
第4章「『秋暉老人』愉しむ──円熟期・画作の広がり」では、56歳で世を去るまで作画に励んだ秋暉に思いを馳せる。
晩年にかけての秋暉は「秋暉老人」を称したが、その筆力はおとろえることを知らず、むしろ自由闊達になっていった。細密な描写だけではない、豊かな精神性までも手に入れた秋暉の到達点を感じることができる。
「江戸絵画縦横無尽!摘水軒コレクション名品展」レポート
同時開催の「江戸絵画縦横無尽!摘水軒コレクション名品展」は、同コレクションの肉筆浮世絵から、江戸中後期を彩った南蘋派や洋風画、逸伝の絵師までを4章構成で幅広く紹介するものだ。
第1章「肉筆浮世絵の美」では岩佐又兵衛の《弄玉仙図》 のほか、江戸前期の浮世絵の祖とされる菱川師宣や宮川長春のほか、鈴木春信、勝川春章、鳥居清長、喜多川歌麿らの肉筆画が一堂に会す。
さらに江戸後期に隆盛する歌川派の国貞、広重、国芳や北斎派の絵師なども紹介。江戸時代における美麗な肉筆浮世絵の歴史を通覧することが可能だ。
第2章「江戸に吹いた新風──異国へのまなざしと博物学」では、舶来の珍しい動物たちの姿を描いた絵画化や、蘭書や実作品を通じて西洋の画法を習得する洋風画家たちを紹介している。
例えば、宅間幸賀の《象図》は8代将軍徳川吉宗の希望でベトナムからもたらされた象を描いたもの。街道をとおって江戸へと運ばれたこの象は、当時の人々の好奇心を掻き立てたという。また、司馬江漢に代表される洋風画もここでは数多く展示される。
第3章「愉快で愛しき動物たち──いきもの、縦横無尽!」では、摘水軒コレクションのなかから、身近な生き物たをときに可憐に、ときにユーモラスに描いた作品を幅広く紹介している。
たらし込みで描かれた顔に記号化されたつぶらな瞳が印象的な中村芳中《鹿図》や、葡萄を取ろうとして実とともに木から落ちてしまうリスを躍動感を込めて描いた柴田是真《葡萄栗鼠図》など、その豊かな表現を楽しみたい。
第4章「物語る動物─瑞獣、霊獣たち」は、実在の有無にかかわらず、様々な意味を込められて描かれた動物たちを紹介。
なかでも葛飾北斎の《雪中鷲図》は、摘水軒コレクションにとって収集の原動力になったという傑作だ。濃墨をすりつけるようにして鷲の湿った質感を表現し、どこか微笑むようなその表情は強い印象を見る者に与える、北斎の画の力を改めて思い知らされる作品だ。
摘水軒コレクションという日本美術の大コレクションを堪能できる、ふたつの展覧会を用意した千葉市美術館。双方ともに個人コレクションならではの、作品に対する愛情が観客にも伝わってくる展覧会となっている。なお、会期中の展示替えが双方行われるので留意してほしい。