「五感で味わう日本の美術」(三井記念美術館)開幕レポート。五感で考えればもっと古美術は身近になる
古美術の魅力を馴染みのない人々にも伝えることを目指す展覧会「五感で味わう日本の美術」が、東京・日本橋の三井記念美術館で開幕した。会期は9月1日まで。
古美術に馴染みのない人々にもその魅力を伝えようとする展覧会「五感で味わう日本の美術」が、東京・日本橋の三井記念美術館で開幕した。会期は9月1日まで。
本展覧会は6部構成で、それぞれ「味覚」「嗅覚」「触覚」といった感覚に根ざした平易なテーマを設定。キャプションについても平易なテキストが心がけられており、夏休みシーズンの展覧会らしく、多くの人に古美術の門戸を開く姿勢が垣間見える。
第1章「味を想像してみる」は、作品を「味覚」にまつわる印象から楽しむという提案をしている章だ。章の冒頭で展示されているのは、伊勢海老の複雑なフォルムを金属でかたちづくった高瀬好山の自在置物《伊勢海老自在置物》(19〜20世紀、明治〜昭和時代前期)や、果物や野菜を実物そっくりに再現した安藤緑山の象牙の置物《染象牙果菜置物》(20世紀、大正〜昭和時代初期)だ。人々が口にして味わうことができる自然界の素材が、超絶的な技巧によって表現されている。
尾形乾山の《銹絵染付笹津蓋物》(18世紀、江戸時代)は、熊笹が一面に描かれた蓋つきの器で、白、青、茶の絶妙な配色によって、雪化粧をした笹林が表現されている。この印象的な意匠の蓋を開けたときに、どういった料理が現れてほしいか、想像してみると見え方もまた変わってくる。
第2章「温度を感じてみる」は、絵画のなかに描かれたモチーフを手がかりに、場所や季節、時間を読み解いていくという趣向の章だ。竹内栖鳳《水郷之図》(20世紀、昭和時代初期)は、水墨画ならではのぼかしやにじみの技術が光る一幅。溶け合うような墨が、豊かな水を湛えた里の湿り気のある空気感を見る者に伝えてくれる。
円山応挙の《山水図屏風》(1773、江戸時代)は、同館を象徴する収蔵品のひとつである国宝《雪松図屏風》(18世紀頃、江戸時代)より前に描かれたものとされる屏風絵だ。右隻には三保の松原を彷彿とさせる海辺が、左隻には滝と急流の川が描かれる。遠方の山も望むよく晴れた海辺と、涼し気な水しぶきにつつまれる滝つぼ、それぞれの温度を感じてほしい。
第3章「香りを嗅いでみる」では、作品から連想される香りに焦点を当てている。円山応挙《水仙図》(1783、江戸時代)は、水仙を一輪描いたささやかな一幅だ。花も葉も、もたれかかるような柔らかなフォルムで描かれ、そこに淡い色がのっている。そのやわらかな空気感は、水仙の甘い香りが漂ってくるような印象を演出している。
川端玉章の《草花図額》(19〜20世紀、明治時代)は、油彩画のように鮮やかさな色彩で春夏秋冬の花々を描いた日本画だ。画面を覆う仔細に描かれた花々のむせ返るような香りが、こちらまで漂ってきそうだ。
第4章「触った感触を想像してみる」では、人の手で触れられることを前提につくられている工芸品について、実際に触ることはできなくともその造形から触覚を想像してみる章。
長次郎の《黒楽茶碗 銘俊寛》(16世紀、桃山時代)と、本阿弥光悦《黒楽茶碗 銘雨雲》(17世紀、江戸時代)は、ともに重要文化財で、千利休と光悦それぞれの美意識を雄弁に語る名碗だ。当然、触ることは叶わないものの、触覚を想像して観察すると様々なことに気がつく。長次郎の椀のなめらかで温かみのある曲線や、光悦の椀のエッジの立った硬質な縁など、そこから見えてくる造形美がある。
第5章「音を聴いてみる」では、作品から音が想起されるような作品が並ぶ。高瀬好山による《昆虫自在置物》(明治〜昭和時代初期、19〜20世紀)は、羽音や鳴き声が聞こえてきそうな昆虫の構造そのものが金属で表現されている。
《勝絵絵巻》(室町時代、15世紀)も、多くの人の興味を掻き立てるであろう一品だ。放屁の威力を競い合うという「勝絵」を描いた本作は、その絵面の愉快さとともに、屁の表現が鋭い線で描かれているなど、表現も興味深い。いったいここではどのような音が響いていたのか、ぜひ楽しく想像してもらいたい。
第6章「気持ちを想像してみる」は、作品に宿る気持ちを想像してみるという提案だ。円山応挙《郭子儀祝賀図》(江戸時代、1775)は、唐朝につかえた政治家・郭子儀がその親族に祝われている図。子供たちから孫までが皆幸福な命運をたどったと言われる郭子儀の祝の席を、家族写真のように穏やかに描いており、各人の表情からその幸福を読み取ってほしい。
また、同館コレクションが誇る、室町時代の能面もこの章で紹介されている。見る角度によって様々な表情をつくり出すその顔と、じっくり対峙してみてはいかがだろうか。
歴史的背景や文脈の知識がなければ、なかなかその価値を理解しにくいともいえる古美術を、感覚的にとらえて間口を広げようとする本展。幅広い層に古美術の魅力を訴える展覧会となっている。