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2024.9.13

「北アルプス国際芸術祭」開幕レポート。山とともにある人々の歴史と文化を感じる

3000メートル級の山々が連なる北アルプス山脈の麓に位置する長野県北西部の大町市。ここを舞台に、2017年に初開催された「北アルプス国際芸術祭」の第3回目が開幕した。会期は11月4日まで。

文・撮影=安原真広(ウェブ版「美術手帖」副編集長)

展示風景より、ケイトリン・RC・ブラウン&ウェイン・ギャレット《ささやきは嵐の目の中に》
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 3000メートル級の山々が連なる北アルプス山脈の麓に位置する長野県北西部の大町市。ここを舞台に、2017年に初開催された「北アルプス国際芸術祭」の第3回目が開幕した。会期は11月4日まで。

展示風景より、磯辺行久《北北西に進路を取れ》

 開催場所は、市街地エリア、ダムエリア、源流エリア、仁科三湖エリア、東山エリアといった、大町市の特色が色濃く現れる5つのエリアだ。北アルプス山麓の地域資源をアートの力で世界に発信することで、地域再生のきっかけとなることを目指し、今回のテーマは「水・木・土・空」とされている。各エリアで見られる作品の一部を紹介したい。

展示風景より、マリア・フェルナンダ・カルドーゾ《Library of Wooden Hearts》

市街地エリア

 日本海から塩を運ぶ千國街道の宿場町として栄えた大町は、かつて多くの塩問屋が栄えた。国の登録有形文化財に指定されている塩問屋の建物を公開している「塩の道ちょうじや」の塩蔵では、塩を素材に山本基が《時に宿る》を展示。塩を素材に表現された天の川は、北アルプスの山並みにも見えてくる。

展示風景より、山本基《時に宿る》

 エカテリーナ・ムロムツェワは、床下に水路が流れる大町の昔ながらの邸宅内で作品を展開。家の下を流れるせせらぎの水音が心に残ったというムロムツェワは、水性絵具の層によってその音を表現する《山のくちぶえ》を制作した。

展示風景より、エカテリーナ・ムロムツェワ《山のくちぶえ》

 市街地にある土蔵では鈴木理策が写真の連作《風の道 水の音》を展示。同じ場所を繰り返し訪れ、季節の変化やカットごとの絶妙な差異を作品に取り込む鈴木。本作は、大町を訪れた鈴木の知覚に沿うような体験を与えてくれる。

展示風景より、鈴木理策《風の道 水の音》

 かつて多くの生徒が通った旧大町北高等学校では4作家が作品を展示。地元の木材の芯に心臓のかたちを見出したマリア・フェルナンダ・カルドーゾは、この心臓を約4000ピース集め、ゆるやかで多様性のある命の壁《Library of Wooden Hearts》を図書室につくりあげた。

展示風景より、マリア・フェルナンダ・カルドーゾ《Library of Wooden Hearts》

 小鷹拓郎は伝説の巨人「ダイダラボッチ」を題材にしたフェイク・ドキュメンタリー《ダイダラボッチを追いかけて》を上映。大町市の仁科三湖に伝わるダイダラボッチの話を、市民を巻き込みながら虚実入り混じる証言とともに作品化。「ダイダラボッチ」が何のメタファーなのか、考えながら楽しんでほしい。

展示風景より、小鷹拓郎《ダイダラボッチを追いかけて》

 千田康広の《アフタリアル2》は、暗室に無数の光が走る作品。観客たちの網膜、そして脳に残る残像を残すことで、見えなくても存在するものについての思索をうながす。

展示風景より、千田康広の《アフタリアル2》

 さらにこの旧大町北高の1階では原倫太郎+原游が双六のように楽しむことができる《大町北高双六カフェ》を制作した。

原倫太郎+原游《大町北高双六カフェ》

 信濃大町駅にほど近いスナック街では、インドネシアのアーティスト・ムルヤナが《居酒屋MOGUS》をオープン。カウンターに並んだ食材を模した毛糸のパーツを集めて「フードモンスター」を作成。会期中は観客が参加できるワークショップも実施される。

展示風景より、ムルヤナ《居酒屋MOGUS》

ダムエリア

 広く知られる黒部ダムのみならず、大小様々なダムが連なる大町市。近代化の象徴であり、また都市を支える地方という構図も浮かび上がるこれらの施設でも展示が展開されている。

 日本一の堤高を誇るロックフィルダム・七倉ダムでは磯辺行久が《北北西に進路を取れ》を展開。地域資源や環境計画などの調査を行う磯辺は、このダム周辺が北北西方向からの気候、水、自然環境に影響を受けやすいことに着目。川の流れや風の流れなどを吹き流しや、前回の芸術祭で地表に印した曲線とも組み合わせ、よりダイナミックな環境を出現させた。

展示風景より、磯辺行久《北北西に進路を取れ》

 ほかにもこのエリアでは淺井裕介が大町エネルギー博物館の外壁にサポーターたちと描いた巨大な壁画を表している。

源流エリア

 北アルプスの雪解け水が豊富に集まる鹿島川流域の源流エリア。歴史ある神社仏閣が集まっていることでも知られている。

 天照大御神が祀られる、鎌倉時代初期の創建と伝わる須沼神神社の境内にある神楽殿では、宮山香里がインスタレーション《空の根っこ ― Le Radici Del Cielo ―》 を展開。

展示風景より、宮山香里《空の根っこ ― Le Radici Del Cielo ―》

 空と大地のような相反するものの境界をモチーフに作品を制作する宮山は、神楽殿を聖と俗、常世と現世の端境として存在してきたと位置づける。今回は大地とつながる根と、天空の雲海を同居させ、神楽を吹き抜ける風になびかせ、移ろいを体現させた。

展示風景より、宮山香里《空の根っこ ― Le Radici Del Cielo ―》

仁科三湖エリア

 大町市の北の玄関口ともいわれる、青木湖、中綱湖、木崎湖からなる仁科三湖エリアでは、自然との強いつながりに焦点を当てた作品が集まっている。

 木崎湖畔に佇む仁科神社北側の鎮守の森では、カナダのアーティストデュオ、ケイトリン・RC・ブラウン&ウェイン・ギャレットの《ささやきは嵐の目の中に》が展開。リサイクルしたメガネのレンズを使用して制作された作品だ。無数のレンズが雨だれのように杉林のなかで光を反射し、木々のあいだから覗く湖の湖面を映す。

展示風景より、ケイトリン・RC・ブラウン&ウェイン・ギャレット《ささやきは嵐の目の中に》

 作品に使用されている各レンズはそれぞれ度数が異なり、周囲の景色を多様にとらえている。中心部には円形のベンチも設置され、森との関係を多彩な視点から感じることができるだろう。

展示風景より、ケイトリン・RC・ブラウン&ウェイン・ギャレット《ささやきは嵐の目の中に》

 中綱湖の湖畔にあるふるさと創造館「ラーバン中綱」の体育館では、コタケマンが《やまのえまつり》を展開。コタケマンは17年の第1回からこの芸術祭に参加しており、今回は山の主を探し、敷き詰めた紙の上で、人々が踊りながら絵を描く祭りを開催した。こうしてできた縦35メートル、横15メートルの巨大な絵を分割して展示している。

展示風景より、コタケマン《やまのえまつり》

 祭りのあとにコタケマンによって屋外で整えられた本作は、風雨により線が流れるたびにまた描きなおすということを繰り返しながら制作された。こうした制作行為そのものが、まるで山の神と対話するような、自然環境との関係性に成り立っている作品だ。

展示風景より、コタケマン《やまのえまつり》

 ラーバン中綱の1階では、蠣崎誓が160種におよぶ植物素材を使い、大町の民話や生活、自然環境を表した作品《種の民話―たねのみんわ―》を制作。その多くは地域の人々から提供されたもので、会期終了後はそのまま自然に還す予定だ。

展示風景より、蠣崎誓《種の民話―たねのみんわ―》

 さらにラーバン中綱の2階では「カフェ&レストラン YAMANBA」も営業している。厳しい冬の寒さと山中の厳しい気候のなかで育まれた、味噌、漬物、乾物といった保存食文化を感じられる松花堂弁当を味わうことができる。

「カフェ&レストラン YAMANBA」の松花堂弁当

東山エリア

 大町市街地の東側にある東山エリアは、八坂・美麻地区など人々の昔ながらの営みを色濃く残す集落が点在しており、人々の生活空間のなかで作品が展開されている。

 身近な自然や気候に関心を寄せ、ガラスを素材に作品を展開する佐々木類は、江戸時代初めの1698年に母屋が建てられた国指定の重要文化財、旧中村家で《記憶の眠り》を展開。本宅のある美麻地区は麻の生産地として重用されてきた歴史があり、佐々木は麻を素材にインスタレーションを屋内外で展開。自身の作品によって記憶を掘り起こすことを試みた。

展示風景より、佐々木類《記憶の眠り》

 厩ではガラスのあいだに植物を挟んで焼成した作品を展示。ガラス内にはこの土地で採取した植物が灰になって残っており、またガラスは黒部ダムの建設事務所として使われた建物で使用されていたものを使うことで、土地の歴史を感じさせるレイヤーをつくりあげている。

展示風景より、佐々木類《記憶の眠り》

 ソン・ミンジョンは美麻の二重地区にある屋内ゲートボール場で作品を展開。台風で倒れかかった木を焦がし、発泡スチロールと組み合わせた《黒い跡》を制作。本作は雪の上に樹が倒れたようにも、雪を熱をもった樹が溶かしたようにも見えるが、ソンは、近年メディアを通じて多く目にする山火事を、より生々しく私的なものとしてとらえてほしいと考えて本作を制作した。

展示風景より、ソン・ミンジョン《黒い跡》

 発泡スチロールという工業的な素材を使用しつつ、床が砂という室内ゲートボール場の特性を生かし、自然を擬似的に演出。山火事の遠因である地球温暖化も含めて、自然と人間との関係によってもとらえる思考を素材においても機能させている。

展示風景より、ソン・ミンジョン《黒い跡》

 イギリスのアーティスト、イアン・ケアは仁科神明宮の奥にる森で《相阿弥プロジェクト モノクローム―大町》 を展示。黒い水性塗料を塗った、水墨画を連想させる20メートル超えの大型絵画を森の中に吊り下げることで、針葉樹林の中に黒いフレームを出現させた。

展示風景より、イアン・ケア《相阿弥プロジェクト モノクローム―大町》

 作中に空いた穴は風を逃がすためのものであると同時に、本作が森の空気とともに存在することを印象づける。風で布が揺れて時折木を叩くと森には大きな音が響く。西洋人であるケアが、風景をいかにとらえたのか、ぜひ現地で感じてもらいたい。

展示風景より、イアン・ケア《相阿弥プロジェクト モノクローム―大町》

 かつて大町市と八坂村をつなぐルートとして明治時代に開削された旧相川トンネル。ここでは南アフリカのアーティスト、ルデル・モーが古くから日本の土壁に使われてきた工法を探求しつつ、地元の素材である竹や土を使い巨大なレリーフ《Folding》を制作した。

展示風景より、ルデル・モー《Folding》

 場所の記憶や象徴性をテーマにしているというモー。目覚めと眠りの中間的なスペースとして、モチーフとなっているのは人間や動物の流れるようなイメージであり、生と死の循環、夢と覚醒といった、狭間にある要素をトンネルという中間的な存在において表現している。

展示風景より、ルデル・モー《Folding》

 八坂公民館の周りを編み込んだ竹で囲んだ作品《竹の波》はヨウ・ウェンフーの手によるものだ。

展示風景より、ヨウ・ウェンフー《竹の波》

 本作でウェンフーは風と竹の対話を表現。風のかたちを、組み合わせた竹の表面の凹凸で表し、可視化したという。隣接する田の稲穂のように、時とともに変化し、たとえなくなったとしても景色の記憶は見る者のなかに刻まれ、風の存在を肌で感じることを重視。自然と人間の関係性をも照射した。

展示風景より、ヨウ・ウェンフー《竹の波》

 山岳博物館の前にある大町公園では、船川翔司の《AWHOB-O-ある天気と此成の観察局-大町-》が展開。上空の気象データを反映してLED光る装置や、周囲の風に呼応する装置などが設置されたこの公園では、滞在する作家らが気象の話を語りつつ、マイクロアクションを行う。日々変化し続ける作品だ。

展示風景より、船川翔司《AWHOB-O-ある天気と此成の観察局-大町-》

 3回目を迎え、地域により深く浸透したかに思える「北アルプス国際芸術祭」。歴史、文化、そして人々の生活とともにあるアートを現地で体感し、北アルプスの恩恵を受けてきたこの土地のあり方を感じてみてはいかがだろうか。