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2024.10.8

「歴史の未来―過去を伝えるひと・もの・データ―」(国立歴史民俗博物館)開幕レポート。歴史はいかに残されてきたか、これからいかに残せるのか

千葉県佐倉市の国立歴史民俗博物館で、歴史資料を未来へつなぐための営みを紹介するとともに、そのあるべき姿を考える企画展示「歴史の未来―過去を伝えるひと・もの・データ―」が開幕した。会期は12月8日まで。

文・撮影=安原真広(ウェブ版「美術手帖」副編集長)

展示風景より、阪神淡路大震災の震災資料
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 千葉県佐倉市の国立歴史民俗博物館で、歴史資料を未来へつなぐための営みについて紐解く企画展示「歴史の未来―過去を伝えるひと・もの・データ―」が開幕した。会期は12月8日まで。

エントランス

 過去から伝えられた記録類や生活道具、人々によって語り継がれた記憶などは、現代を生きる我々に多くのことを伝えてくれている。また、これらを伝えようとした人々の営みに注目すると、ありふれた事象のなかに歴史的な意義を見出し、未来の人々に継承する意思が存在したことにも気づくことができる。

展示風景より、被災資料の救出作業で使われる作業着や道具の展示

 本展はこのような歴史を伝える様々な営みを紹介することで、未来を見通す手がかりを6章構成とエピローグによって考えるものだ。

 まず、会場のエントランスには、新型コロナウイルスの対策のために使われていた検温装置とプッシュ式のディスペンサーが展示されている。これらはコロナ禍において同館で実際に使用されていたものだが、パンデミックから年月を経たいま、こうした対策のための備品も歴史資料となっていくことも考えられる。我々が生きる「いま」もまた歴史の一部であり、そのなかには後世に伝えるべき事物が存在するという本展のメッセージが端的に現れているといえよう。

展示風景より、検温装置とプッシュ式ディスペンサー

 第1章「過去への注目」では、人々がどのような「過去」に注目してきたのかを資料から考える。

 『日本書紀』は『古事記』とならび、現代に伝わる歴史書としてはもっとも古く、8世紀前半ごろに成立したとされる。本展に展示されている《日本書紀神代巻》(1599)は、後陽成天皇(1571〜1617)が自ら進んで活字活版として発行したもので、皇族の系統を明らかにし自らが初代天皇とされる神武天皇の系統にあることを強く示したものといえる。

展示風景より、右が《日本書紀神代巻》(1599)国立歴史民俗博物館蔵

 戦国期を経て近世に至ると、人々は好奇心によって過去を探求するようになる。江戸時代以降になると「好古家」と呼ばれる、過去の事物を集積して筆写する人々が現れる。こうして、《聆涛閣集古帖 甲冑軍営》(19世紀、江戸時代)のように、好古家が甲冑の形態や様式を仔細に記録したものが残されるようになった。

展示風景より、左が《聆涛閣集古帖 甲冑軍営》(19世紀、江戸時代)国立歴史民俗博物館蔵

 近世以降、ヨーロッパでの産業革命を発端に社会状況の変化の速度が加速していく。日本も例外ではなく、その最たる変化が明治維新といえるだろう。旧来の価値観が否定され、新たな文化が大量に導入されるなかで、過去の事跡を記録する活動が全国的に展開された。

 福島県白石市の指定文化財である《静山漫録》(明治時代)は、旧仙台藩士の遠藤允信が20年近くにわたり集積したものだ。明治以降、全国各地で古記旧物が失われている状況に危機感を抱き、調査内容を集積したものだ。遠藤が京都近辺の個人宅や古書店を訪れ、考古資料を書き写した貴重な歴史資料だ。

展示風景より、遠藤允信《静山漫録》(明治時代)個人蔵(白石市教育委員会寄託お)

 また山形県米沢市の伊佐早謙は、旧米沢藩主である上杉家の史料編纂に携わり、米沢に関わる様々な記録を収集している。これら1万点を超える資料群は『林泉文庫』と名づけられ、いまも米沢の歴史を伝えている。

 第2章「過去の消滅 〜危機との対峙〜」では、第二次世界大戦後の混乱から高度経済成長期に起こった、歴史資料の保存について紹介する。

 本展を開催している国立歴史民俗博物館は1983年の開館だが、60年代ごろより、あるべき国立の歴史博物館像については活発に議論されていた。会場では、同館設立のために出された意見や、当時のそしてさらにこの時期に設立が検討された同館についての議論を紹介。

展示風景より、国立歴史民俗博物館の「基本構想の中間まとめ」に対する要望書(1972)など

 例えば当時の、歴史資料を集積して中央に集めるという考え方に対しては、「現地保存」の観点から、各方面より多くの批判が集まった。歴史資料は地域のアイデンティティであり、その歴史を知る人々とともに当該地域にあるからこそ意味がある、という意見だ。こうした考え方は、やがて全国各地に郷土資料館がつくられる原動力にもなっていった。国立歴史民俗博物館は設立後もこうした批判にさらされることになり、収集についても制限を受けることになったが、本展ではこうした歴史も伝えている。

 いっぽう、20世紀後半より全国各地で少子高齢化にともなう過疎化が問題視されるようになった。過疎化が進む現代においては、地域の歴史資料の継承が大きな課題となっている。

展示風景より、宮崎県門川町の三ヶ瀬神社の幟

 例えば1990年代ごろまで、昭和初期まで使われていた生活用品や道具を収集する民具収集ブームがあった。こうした民具は郷土資料として全国各地で集められたものの、そのほとんどが活用されておらず、また少子高齢化による地方自治体の縮小により、保存と継承が大きな課題となっている。こうした民具をそのまま保存する以外にも、例えばデータ化したり、家具として活用するといった、新たな保存の方法も模索されていることを会場では知ることができる。

展示風景より、左から箕を取り入れてデザインした原嶋亮輔《A Day in the Harvest》(2021)と大正〜昭和期の箕

 また、地域の資料保存のためには、資料保有者や地域住民との対話が不可欠だ。例えば、佐竹氏由来の様々な資料が地域内に存在する茨城県の常陸太田市は、こうした課題に対して意欲的な試みをおこなっており、気候の良い日に書物や美術品を虫干しする「曝涼」という作業を公開事業として行うことで、自治体や所有者との連帯をつくり、また文化財理解の足がかりとしている。

 第3章「現代という過去 〜経験の記憶〜」は、現代に近づくにつれ範囲が広がっていった歴史資料のあり方を紹介し、そこから学べるものについても考える。

 例えば市井の人々が身の回りのことを書く「ふだん記(ぎ)」という活動が、1970年代に八王子で起こった。こうした「自分史」もまた、当時の社会の断片をいまに伝える歴史資料といえる。

展示風景より、『ふだん記』(1960年代〜)個人蔵

 戦後の記録映画において重要な足跡を残した小川紳介をリーダーとする小川プロダクションは、現在においても記録映画として高い評価を受ける、成田空港建設をめぐる「三里塚シリーズ」を制作。社会運動もまた映像というかたちで後世に残るようになる。

展示風景より、「三里塚シリーズ」制作に使用された機材

 阪神淡路大震災をはじめ、社会を揺るがす大災害も、その対応から復興にむけての経過などを歴史事象として後世に残していくことが必要とされる。会場には、神戸市須磨区の下中島公園の避難所や被災者たちの交流拠点「しんげんち」の看板、被災者を描いたスケッチ、外国人住民向けの多言語放送「FMわいわい」の音声記録など、様々な確度からの震災資料が並ぶ。

阪神淡路大震災の震災資料

 いまだ記憶に新しい新型コロナウイルスのパンデミックも記録され、後世に残すべき事象となる。2020年7月、大規模感染が起こった鹿児島県の与論島は、島の人々が協力し対応する試みを続けた。方言で島民をはげます島内放送や、実際に使われていた感染防止策の呼びかけ表示などを展示することで、歴史化の手つきを示す。

鹿児島県与論島町における新型コロナウイルスのパンデミックの資料

 第4章「情報技術の誕生と資料理解の変化」では、歴史資料に対してコンピュータ技術を応用する試みを紹介。本章では、現存する洛中洛外図屏風のなかでもっとも古いとされる、重要文化財《紙本著色洛中洛外図屏風(歴博甲本)》(16世紀前半)を、原本とともに大型の4Kタッチパネルディスプレイでも表示。デジタル複製の意義とともに、アナログの複製の意義も考えられる展示となっている。

展示風景より、重要文化財《紙本著色洛中洛外図屏風(歴博甲本)》(16世紀前半)国立歴史民俗博物館蔵 展示期間:〜11月10日

 第5章「技術の進展とデジタル技法の『いま』」、第6章「未来の歴史資料像と博物館」では、デジタル化の技術、そしてデジタル化した資料をどのように活用していくのかを考える。

 《紅絖地御簾檜扇模様絞縫振袖》(江戸時代)は3Dモデルとしても記録されているが、本展ではこのモデルを生かして人の動きに合わせてこの振袖を着ることを疑似体験できる装置を紹介。また、仏像の内部から発見された金銅仏を3Dプリンタで複製したモデルなども展示されている。

展示風景より、《紅絖地御簾檜扇模様絞縫振袖》(江戸時代)国立歴史民俗博物館蔵と3Dモデルの着用体験ブース
展示風景より、極楽寺菩薩坐像の複製

 人々の生活や文化の歴史の断片をどのように未来に伝えるのか。また、どのような方法をとればより良いかたちで残すことができるのか。ぜひ会場で考えてみてほしい。