2025.3.8

「松山智一展 FIRST LAST」(麻布台ヒルズ ギャラリー)レポート。独自の視点でとらえる「世界」

ニューヨークを拠点とするアーティスト・松山智一の東京初となる大規模個展「松山智一展 FIRST LAST」が、麻布台ヒルズ ギャラリーで始まった。

文・撮影=橋爪勇介(ウェブ版「美術手帖」編集長)

展示風景より、中央は《Passage Immortalitas》(2024)
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 ニューヨーク・ブルックリンを拠点に、国際的な活躍を見せるアーティスト・松山智一。その東京初の大規模個展「松山智一展 FIRST LAST」が、麻布台ヒルズ ギャラリーで始まった。メインキュレーターは建畠晢。アソシエイトキュレーターは丹原健翔。

 松山は1976年岐阜県生まれ。上智大学を卒業後、2002年に単身アメリカに渡り、ニューヨークのプラット・インスティテュートコミュニケーションデザイン学科を首席で卒業。アジアとヨーロッパ、古代と現代、具象と抽象といった両極の要素を有機的に結びつけて再構築し、異文化間での自身の経験や情報化のなかで移ろう現代社会の姿を反映した作品を制作してきた。

 近年の主な展覧会には「Mythologiques」(ヴェネチア、2024)、「松山智一展:雪月花のとき」 (弘前れんが倉庫美術館、2023 )、「MATSUYAMA Tomokazu: Fictional Landscape」(上海宝龍美術館、2023)などがあり、その勢いはとどまることを知らない。バワリーミューラルでの壁画制作(ニューヨーク、2019)や、《花尾》(新宿東口駅前広場、東京、2020)、《Wheels of Fortune》(「神宮の社芸術祝祭」明治神宮、東京、2020)など、大規模なパブリック・アートも手がけている。

松山智一(展覧会場にて)

 本展タイトルにある「First Last」は、英語で「最初で最後」を意味する言葉。ニューヨークでマイノリティとして生きてきた松山の、東京での大規模個展開催までの長くとも短いような道のりを反映したものとなっている。

 展示は大きく6つの展示室で構成されており、順に「Homecoming Day」「Fictional Landscape」「Broken Kaleidoscope」「Pan-Am Spirituality」「First Last」「Broken Kaleidoscope」となる。

 最初の展示室で迎えてくれる横幅6メートルを超える大作絵画《We Met Thru Match.com》は、狩野派や土佐派などの屏風絵とアンリ・ルソーの《夢》を掛けあわせたもの。抒情的でありながら、どこか浮遊感がある風景が広がるこの大作は、松山が数ヶ月にわたり昼夜を徹して描いた、「フィクショナル・ランドスケープ」シリーズを象徴する作品だ。自身のキャリアのターニングポイントとなった記念碑的な作品から、本展は展開していく。

展示風景より、《We Met Thru Match.com》(2016)

 続く「Fictional Landscape」では、複数の変形キャンバスが立体的な展示空間を構成している。2016年に始まったこれらのシリーズは、西洋の肖像画のような構成。画面の中には様々なイメージが引用され、それらが見事に並列している。ここにある「フィクショナルなランドスケープ」は、異国の地で他者性と向き合ってきた、松山ならではの視点が反映されたものだ。展示室のあちこちに置かれた、松山の私生活や制作風景を感じさせるようなオブジェクトと絵画との関連性にも注目してほしい。

展示風景より

 全面が花柄の壁紙に覆われ、展示空間の上下から立体作品が飛び出す「Broken Kaleidoscope」は、「没入型」とも言える最新のインスタレーション。

 本作は、東洋から欧米へと輸出され、評価された磁器人形がモチーフとなった。松山はebayでそうした磁器人形を購入し、巨大化させることで、洋の東西の間を行き来した文化の複雑な成り立ちを提示している。

展示風景より、《Broken Kaleidoscope》(2025)

 一転して、眩いほどの真っ白な空間に展開されたのが「Pan-Am Spirituality」だ。ここでは、千羽鶴から着想した、東洋の精神性を反映する抽象画のシリーズが、これまでパブリック・アートなどで展示されてきたステンレス鋼製の立体作品と並置された。踊りという身体表現そのものを探求した《Dancer》をはじめとする立体作品は、それ単体でも全体像を把握するのが難しい造形を有する。さらには見る角度によってその鏡面に絵画のモチーフが混ざり合うことで、より複雑さを増していく。

展示風景より
展示風景より

 展示は、本展タイトルと同じ「First Last」で締め括られる。

 象徴的な《Passage Immortalitas》は、M字型の変形キャンバスの大作。ボッティチェリの《チェステッロの受胎告知》のシーンを中心に、様々な要素が室内空間に配置された作品は、松山自身のルーツにも関わるキリスト教を取り込むことで、自らのアイデンティティに向き合う姿勢が垣間見える。

展示風景より、左が《Passage Immortalitas》(2024)

 世界初公開となる巨大絵画《We The People》は白眉だ。アメリカのスーパーマーケットを舞台にした本作には、ジャック=ルイ・ダヴィッドの《ソクラテスの死》や《マラーの死》から引用されたモチーフが大きく描かれていることに気づくだろう。その周囲を囲むのは、緻密に描きこまれたアメリカの菓子や薬品だ。アメリカの食品業界や製薬業界が抱える社会問題を示唆するような本作。そのタイトルがアメリカ合衆国憲法の冒頭文であることからも、アートの社会的な役割を問いかけようとする松山の姿勢が見て取れる。

展示風景より、手前が《We The People》(2025)
展示風景より、《We The People》(2025)の部分

 こうした「First Last」シリーズは、松山がアメリカ社会が抱える諸問題を起点に、自身の特異な背景がもたらす独自の視点を通して世界をとらえなおそうとするものだ。それらをどのように読み取り、どのような物語を紡ぐかは、鑑賞者それぞれに委ねられている。