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2025.2.22

「ある⽇」(座間市役所/ビナウォークほか)開幕レポート。誰かと向き合うことを福祉として真摯に考える

神奈川県⼤和市・海⽼名市・座間市・綾瀬市の連携によって行われるこのプロジェクト「ある⽇」。その展覧会企画が、座間市役所(2⽉21⽇〜3⽉2⽇)と海⽼名中央公園・ビナウォーク(2⽉21⽇〜28⽇)などで開幕した。飯川雄大、金川晋吾、キュンチョメの3組のアーティストが参加している。

文・撮影=安原真広(ウェブ版「美術手帖」副編集長)

展示風景より、キュンチョメ《一粒の海と歩く》
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 社会との接点をうまく構築できず、孤独・孤⽴している(と感じている)⼈たちとともにあることを、アートの観点から考えるプロジェクト「ある⽇」。神奈川県⼤和市・海⽼名市・座間市・綾瀬市の連携によって行われるこのプロジェクトの展覧会企画が開幕した。キュレーションはキュレーター/プロデューサーの田中みゆきが務める。

展示風景より、飯川雄大のワークショップ展示「0人もしくは1人以上の観客に向けて」

 本企画を主催する4市は、様々な問題を抱え⽣活に困っている⼈からの相談を受けとめ、関係機関や団体、地域の⼈たちの⼒を借りながら相談者に寄り添う「相談⽀援」を⾏ってきた。なかでも「断らない相談⽀援」を⾏ってきた座間市は、昨年、鈴木康広の展覧会「空気の人/分光する庭」を開催。制度的な福祉ではカバーできない領域のコミュニケーションを、アートの力で行うものとして大きなインパクトを残した。

鈴木康広「空気の人/分光する庭」(座間市役所、2024)展示風景

 「ある日」は、ワークショップを中心にアートの現場を創出するもので、飯川雄大、金川晋吾、キュンチョメの3組のアーティストと、相談支援に関わる人々によってつくられている。こうしたワークショップのひとつの結実として、座間市役所と海老名市の海老名駅前のビナウォーク(ViNAWALK)で展覧会が開催されるかたちとなっている。各会場の様子をレポートでお伝えする。

展示風景より、飯川雄大のワークショップ展示「0人もしくは1人以上の観客に向けて」

座間市役所

 昨年、鈴木康広の展覧会「空気の人/分光する庭」を開催した座間市役所。ここでは、1階、2階、7階の各スペースをつかって飯川雄大、金川晋吾、キュンチョメの3作家がそろって展示を行っている。

 市役所の7階は、建物を半周するようにコの字状にガラスが張られ、丹沢大山や相模川までを見渡すことができる、眺望に長けた空間だ。ここのスロープには、金川晋吾の写真が展示されている。

展示風景より、金川晋吾のワークショップで制作された写真

 金川は1981年生まれ。東京藝術大学大学院に在学中の2008年より父親の撮影を続け、16年に写真集『father』(青幻舎)を刊行。もっとも身近な他人である父親の姿を通して、社会制度や家族制度では一言で括ることのできない人間の存在について問いかけたことで話題を集めた。また、23年に刊行した『長い間』(ナナルイ)は、伯母との関係を主題としている。

 金川が本プロジェクトで3日間に分けて行ったのは、写真と日記のワークショップだ。このワークショップには一般参加者のみならず各市の職員も参加した。撮影されることに抵抗のある参加者に、金川自身を撮影してもらったり、また、職員を撮影する様子を見てもらうなどをしたという。

展示風景より、金川晋吾のワークショップで制作された写真

 会場には、こうしたワークショップの過程で生まれた作品が並ぶ。とくに、金川をワークショップ参加者が写した作品は、カメラを持つ参加者と金川との関係性が、被写体となった金川の微妙な表情や手足の仕草から伝わってきており、写真というメディアだからつながることができる、ささやかな関係性が胸を打つ。

 また、金川が数年ものあいだ行方がわからなくなっていた伯母(実父の姉)との、約10年の年月について写真と日記によってまとめた『長い間』から数点が、外光が注ぐ展望階の壁面に並んでいる。

展示風景より、金川晋吾《長い間》

 キュンチョメは綾瀬市保健福祉プラザの調理室で、「みんなで貝を食べて、時間のストレッチをしてみよう」というワークショップを実施した。

 キュンチョメはホンマエリとナブチによるアーティストユニットで、2011年の東日本大震災を機にアーティストとしての活動をスタートした。制作行為を「新しい祈り」ととらえるキュンチョメは、様々な社会問題や自然災害をテーマとする作品を発表。そこに関わる人々と正面から向き合うことで、複雑に絡まる感情や交錯する意見を反映させながら作品へと昇華させてきた。近年ではハワイやフィリピンに滞在し、現地での経験を創作に活かしている。2023年には個展「魂の色は青」を黒部市美術館で開催した。

展示風景より、キュンチョメ《ヘソに合う石》

 ワークショップでキュンチョメは、大量の砂抜きした貝を持ち込み、網焼き、酒蒸し、お吸い物などにして参加者と食した。その後、貝殻に参加者それぞれが「自分のなかの水平線」を描き、その貝を目の上に乗せながら、呼吸とともに時間や各人の内面へと思いを馳せた。

展示風景より、ワークショップで制作された貝

 このワークショップを通じてキュンチョメが提示したのは、太古の海から子孫を残し、そして古来より人間が食べてきた貝という「生」を通じて、時間を体感する「時間のストレッチ」だ。7階展望スペースの窓際に並べられた参加者それぞれの「水平線」が描かれた貝が、それぞれの個性を太陽光を受けて主張していた。

 また、キュンチョメは、自分のヘソに太陽の熱を帯びた石を置く《ヘソに合う石》のドローイングや、海水をスポイトで採り、指の上に載せて歩ける《一粒の海と歩く》などを展望スペースで展示。また、7階のエレベーターホールでは、狭い世界しか知らない金魚を淡水の袋にいれて、広大な海を泳ぐ映像作品《金魚と海を渡る》も上映。ソファに体を横たえ、リラックスしながら映像を体感できる。

展示風景より、キュンチョメ《一粒の海と歩く》
展示風景より、キュンチョメ《金魚と海を渡る》

 加えてキュンチョメは、市役所1階ロビーの吹き抜けに「いま、すべての生き物が呼吸している」と記された大きな横断幕を設置。市役所の内部に広大なスケールの視野を呼び込むメッセージを掲げた。

展示風景より、キュンチョメ《いま、すべての生き物が呼吸している》

 飯川雄大は市役所という施設ならびにその確立されたシステムに揺さぶりをかけるような大規模インスタレーション、「デコレータークラブ」シリーズの《0人もしくは1人以上の観客に向けて》を展開した。

展示風景より、飯川雄大《0人もしくは1人以上の観客に向けて》

 飯川は兵庫県出身で神戸を拠点に活動してきた。成安造形大学芸術学部情報デザイン学科ビデオクラスを卒業し、認識と現実のあいだにあるズレを可視化する新たな体験を提案する「デコレータークラブ」シリーズが代表作といえるだろう。

 飯川は今回、2階にある相談支援の窓口にハンドルを設置。そこから伸びたワイヤーは窓を通じて建物外を経由し、7階展望スペースの屋上へと至らせ、さらにワイヤーの先に稼働する機構につながる。相談支援の窓口は通常通りの業務が行われており、ここで大きな音をたてるハンドルを回すこと自体が稀有な体験だ。その行為の過程は、7階の機構で一部見られるが、その結果を見るのはまた別の場所となる。

展示風景より、飯川雄大《0人もしくは1人以上の観客に向けて》
展示風景より、飯川雄大《0人もしくは1人以上の観客に向けて》

 また、市役所の外に出て上を見ると、ワイヤーにぶら下がったバッグが見える。このバッグは、1階玄関に誰かの忘れ物であるかのように放置されたバッグと対応している。放置されたバッグを持ち上げようとすると、そのあまりの重さに驚くだろう。視覚から獲得するイメージが、体感と大きくずれていることが本作のおもしろさだ。この重さを体感したあとに、建物の外に吊り下げられたバッグを見ると、その重さがどのくらいなのか想像を巡らせることになるはずだ。

展示風景より、飯川雄大《0人もしくは1人以上の観客に向けて》
展示風景より、飯川雄大《0人もしくは1人以上の観客に向けて》

ビナウォーク(ViNAWALK)

 海老名市の中心地である海老名駅に隣接した複合商業施設・ビナウォークは、海老名中央公園と一体となったテーマパークのような構造が特徴的だ。公園のシンボルとなっている「七重の塔」の前に行けば、ここを舞台に行われている、飯川雄大のワークショップ展示「0人もしくは1人以上の観客に向けて」の案内が記された、ピンク色のハンドアウトを手に取ることができる。

ビナウォーク
展示風景より、飯川雄大のワークショップ展示「0人もしくは1人以上の観客に向けて」

 飯川はワークショップ参加者とともに、「バレそうでバレない、でも気がついたら目が離せなくなるようなイタズラ」をテーマとした作品を制作。飯川と参加者は場所、材料、制作方法を自由に発想した。

展示風景より、飯川雄大のワークショップ展示「0人もしくは1人以上の観客に向けて」

 ハンドアウトにはビナウォークの地図とともに、参加者が制作した作品の名前と場所が記されている。しかし、本ワークショップの作品を見つけるのは容易ではない。階段の裏に隠れるようにつくられた小さな部屋、植え込みに潜む動物たち、大きな三角コーンと並んだ極小の三角コーン、手すりにぶら下げられたオブジェなど、視線を様々に変えなければ出会うことはできない。

展示風景より、飯川雄大のワークショップ展示「0人もしくは1人以上の観客に向けて」

 20年以上にわたり市民に親しまれてきたこの商業施設が、ワークショップを通して非日常を内包する空間に生まれ変わっていた。参加者たちがどのような思いでここを訪れる人に気づきを与えようとしているのか、作品からぜひ想像してみてもらいたい。

展示風景より、飯川雄大のワークショップ展示「0人もしくは1人以上の観客に向けて」

シンポジウムも開催

 「ある⽇」においては、シンポジウムも重要なプログラムとなる。⼤和市保健福祉センターでは、21日にシンポジウム「孤独・孤⽴にアートができること」が開催。第1部 「孤独・孤⽴とアートの⼒」には⼤⻄連(内閣府孤独・孤⽴対策推進室政策参与)、鈴⽊康広(アーティスト)、⻄原珉(秋⽥市⽂化創造館⻑、東京藝術⼤学美術学部准教授、⼼理療法⼠)が登壇。

 そして第2部「孤独・孤⽴⽀援における広域/多職種連携の必要性」は、奥⽥知志(NPO法⼈抱樸理事⻑)⽥中みゆき(キュレーター、プロデューサー)室井舞花(⼀般社団法⼈ひきこもりUX会議理事)が登壇した。

 なお、本企画は内閣府の地方版孤独・孤立対策官民連携プラットフォーム推進事業の一環にもなっている。昨年に引き続き、行政がアートを通じて可視化できない領域の福祉を実現しようとする、意欲的な試みとなった。今後、広く全国の自治体においても参照される事例となるだろう。