公立美術館がメタバースに見出した新たな可能性。山梨県立美術館のたかくらかずき展に注目
山梨県立美術館で、新たな企画シリーズとなる「LABONCHI(ラボンチ)」の第1弾となるたかくらかずきの個展「メカリアル」が始まった。リアルとバーチャルの両面で展開する本展の様子をお届けする。
「メタバース」という言葉が一般化するなか、公立美術館がその世界へと乗り込もうとしている。
5年後の2028年度に開館50周年を迎える山梨県立美術館は、昨年9月に「新たな価値を生み出す美術館」ビジョン骨子(案)を発表。その中で、「メタバースという新技術で美術館の新しい役割を果たす」と謳った。その成果が、新たな企画シリーズ「LABONCH」だ。
LABONCHは、コロナ禍におけるミュージアムの活動制限を受け、「失われたたものを補うだけではなく、ミュージアムだからこそできる様々な新しい可能性を模索していきたい」という思いからスタートしたもの。その名称は、高い山々に囲まれる甲府盆地(ボンチ)に位置する実験室(ラボ)をイメージして命名されたという。
この企画シリーズの第1弾として始まったのが、3DCGやピクセルアニメーション、3Dプリント、VR、NFTなどのテクノロジーを使用しながら東洋思想を作品に取り込む山梨出身のアーティスト・たかくらかずきの個展「メカリアル」だ。
「メカリアル」は、シュルレアリスムが日本に上陸した際の「機械主義」と呼ばれる傾向に着目した、たかくらによる造語。かねてよりシュルレアリスムに興味を持っていたというたかくらは、次のように語る。「シュルレアリスムは現実に1レイヤーを重ねるデジタル技術に近い考え方だ。そういう意味において、シュルレアリスムはもっと注目されていいと思う」。
今回、たかくらは日本におけるシュルレアリスムの展開の黎明期より活躍した山梨県出身の画家・米倉壽仁(よねくら・ひさひと、1905〜1994)の作品鑑賞を出発点に作品を制作したと話す。
展示はリアル空間(美術館)、芸術の森公園、そして仮想空間で展開。まず美術館では、エントランスの正面にあるスペースが展示空間へと変貌している。
壁面には4つの新作平面が展示。山梨で広く見られる「道祖神」から着想し、作品を制作されたものだ。上述の米倉は晩年の作品で東洋思想とシュルレアリスムを結びつけており、そのモチーフのひとつも道祖神だったという。
山梨の道祖神は、丸石を使った道祖神のほか、2柱の夫婦像が1つの石の中に収まったような形の像もあるという。これらを「和合」の象徴とらえたたかくらは、仮想空間と現実、善と悪、生と死など、固定概念として相反するとされる二つの世界の「和合」を作品に落とし込むことに挑んだ。
とくに《仮現和合図》《善悪和合図》《生死和合図》の3つは、米倉の詩の引用をAIに読み込ませ、そこから出力された画像とたかくらの描画をデジタルコラージュし、さらにデジタル上で加筆したものだ。たかくらと米倉という時代を超えた2人の作家の和合の結果とも言える。
床面には県立美術館を含む広大な芸術の森公園をモチーフにした、ドット絵で描画されたレトロゲームのような「庭園地図」が広がる。ここにも米倉の7つの詩が点在しているが、注目したいのが地図に記された1〜10の番号だ。この番号はそのままリアルな敷地内の10ヶ所を示しており、そこにはQRコードが記された石板が設置されている。鑑賞者は歩きながらこれらを見つけ、QRコードを読むことで10種類のNFT付きデジタル作品を手に入れることができる(各1000個まで、先着順)。「ギャラリー内部と外側をつなぐような展示にしたかった」というたかくらの目論みは、見事に成功していると言えるだろう。
いっぽう仮想空間では、11月30日~2月27日にプレオープンとして開催された、たかくらの「大BUDDHA VERSE」展をリニューアル。本展作品が広大なメタバース空間で展示されており、リアルとバーチャルが地続きとなっている(こちらはPC、スマートフォンからでもアクセスできる)。
公立美術館が新たなテクノロジーを取り入れた展示を行うのは大きなチャレンジだが、物理的な制限がない分、実現の可能性も高い。たかくらは、「地方の美術館とデジタルは相性がいいのではないか。今後の地方美術館のモデルとしてうまくいくことを期待している」と振り返る。
山梨県立美術館はこのLABONCHで美術図書室に関連するメタバース空間も立ち上げており、教育普及への活用も期待されている。新たな可能性を見出すべく動き出した山梨県立美術館の新事業。今後の展開、そして他の美術館への波及効果についても注目したい。