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2025.3.15

「ロバート・キャパ 戦争」(東京都写真美術館)開幕レポート。現在に連なる20世紀の暴力の記録

東京都写真美術館で20世紀を代表する写真家のひとり、ロバート・キャパの「ロバート・キャパ 戦争」が開幕した。会期は5月11日まで。会場の様子をレポートする。

文・撮影=安原真広(ウェブ版「美術手帖」副編集長)

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 東京・恵比寿の東京都写真美術館で20世紀を代表する写真家のひとり、ロバート・キャパの「ロバート・キャパ 戦争」が開幕した。会期は5月11日まで。

展示風景より、ルース・オーキン《ロバート・キャパ》(1951) (C)Ruth Orkin 1951

 ロバート・キャパは1913年ハンガリー・ブダペスト⽣まれ。本名はアンドレ・フリードマン。報道写真家として1930年代から死去までの20年余に世界各地の戦場を駆け巡り、臨場感あふれる作品を多く残した。とくにスペイン内戦での《崩れ落ちる兵⼠》と、ノルマンディー上陸作戦に同⾏して撮影した《「Dデー作戦」でオマハ・ビーチに上陸する米軍》は報道写真の歴史に残る作品となっている。

 本展は、東京富士美術館が所蔵するキャパの約1000点のコレクション・プリントから、「戦争」に焦点をあてた作品約140点を厳選。全11章構成で見せる展覧会だ。

第2章「スペイン内戦」展示風景

 第1章「ジャーナリストをめざす」では、キャパのキャリア初期に光を当てる。1932年、ユダヤ人排斥が激しくなった祖国・ハンガリーを離れ、パリに拠点を移した時代の作品が展示されている。ナチスの台頭、共産主義思想の隆盛、労働者たちの姿を写し取ったその作品は、自らを写真家ではなくジャーナリストだと名乗ったキャパの姿勢がうかがえる。

第1章「ジャーナリストをめざす」展示風景

 第2章「スペイン内戦」は、1935年から36年にかけてバルセロナとマドリードを訪れたキャパが、労働者革命によって沸き立つスペインの熱気と、スペイン内戦の生々しい様子をとらえた写真を紹介。とくに展示室の壁面に大きく展示されている《崩れ落ちる共和国側の兵士》(1936)は有名な作品で、沢木耕太郎『キャパの十字架』(文藝春秋、2013)でも仔細に分析されていることで知られている。この内戦に勝利したフランシスコ・フランコは、その後75年まで長期独裁を行うことになる。

第2章「スペイン内戦」展示風景

 キャパが扱った戦争には、日本の侵攻によるものもある。第3章「日中戦争」は、1938年の蒋介石による暫定政府が置かれた漢口で、空襲により破壊された町並みや避難民、動員された少年や女性などを取材。これらは日本のグラフ雑誌においても紹介されている。

第3章「日中戦争」展示風景

 第4章「第二次世界大戦 戦時下のイギリス」は、1941年、ドイツ軍の空爆がピークに達していたロンドンで、キャパが撮影した写真を紹介。「市民国防兵」の訓練の様子や、労働者、防空壕での生活など、戦時下の市民の生活をとらえている。

第4章「第二次世界大戦 戦時下のイギリス」展示風景

 第5章「第二次世界大戦 北アフリカ」は、ドイツ軍と北アフリカで戦車戦を繰り広げるアメリカ軍をとらえた写真を、第6章「第二次世界大戦 イタリア上陸」ではドイツ軍から開放されて価値観が一変したイタリアの様子をとらえた写真をそれぞれ展示している。

第6章「第二次世界大戦 イタリア上陸」展示風景

 第7章「第二次世界大戦 ノルマンディー上陸」、第8章「第二次世界大戦 パリ解放」、第9章「第二次世界大戦 ドイツ降伏」は、連合国軍がフランスへの上陸を果たし、パリを解放するまでの写真を紹介。

第8章「第二次世界大戦 パリ解放」展示風景

 とくに第7章の《「Dデー作戦」でオマハ・ビーチに上陸する米軍》は、東京都写真美術館の外壁にも大きく掲示されている、写真史に残る1枚だ。いっぽうで《頭を丸坊主にされドイツ兵との間に生まれた乳飲み子とともに市街を引き回されるフランス人女性》は、人々の価値が一変するという戦争の残酷さを克明に記録している。

第7章「第二次世界大戦 ノルマンディー上陸」展示風景
第7章「第二次世界大戦 ノルマンディー上陸」展示風景

 第10章「イスラエル建国」は、第二次世界大戦後にユダヤ人たちが自らの国家として建国したイスラエルを旅したキャパの写真を展示。キャパは新たな国家を樹立したユダヤ人たちに共感をしているが、この土地がパレスチナ人の犠牲のうえで成り立っており、2025年現在においても血が流されていることを私たちは知っている。

第10章「イスラエル建国」展示風景

 最後となる第11章「終焉の地 インドシナ半島」は、フランスがベトナム独立同盟(ベトミン)の攻勢によって、撤退を余儀なくされる現場をとらえたキャパの足跡が紹介されている。1954年、ここで、キャパは地雷によって命を落とす。最後に展示されている《ナムディンからタイビンへの道》が、キャパが死去する直前に撮影した写真となった。インドシナの戦禍は、キャパの死後も、ベトナム戦争、そしてカンボジア内戦へと悲惨な暴力として連鎖していく。沢田教一や一ノ瀬泰造といた日本人写真家もまた、キャパの後を追うようにこの地に赴き、命を落とした。

第11章「終焉の地 インドシナ半島」展示風景

 キャパは「人間を取りまく状況を少しでもよいものにしよう」という思いのもと、シャッターを切り続けたという。本展では、20世紀の歴史が戦争とともにあったことを強く印象づけるとともに、戦後80年のいま、キャパの願いがはるか遠いところにあることを思わずにはいられない展覧会となっている。